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■アブダカダブラ■

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 黒スーツを身に纏った男を見上げ、座り込んだまま少女は敵意の眼差しを向けながら尋ねる。
「悲しんで何が悪いの」
 男は失笑し、答えた。
「無駄な動作だ」
 少女の視線がさらに鋭くなる。
「喜ぶのは良いわけ」
 男は答えなかった。口元に笑みを残したまま、何も言わずに少女を見下ろす。
 少女はその男の目が酷く不快だった。消えてしまえと強く願った。その願いを自力で叶えることのできない自分の無力を呪った。
 人を憎むのは辛いよ
 かつての親友の言葉が蘇る。
 だって悲しい。憎んで憎んで……どうするの? 憎んで憎んで憎んで……その先は?
 少女は親友にそう聞かれた時、返事をしなかった。
 親友は、「自分を騙す」のが酷く上手な人で、少女はそれを理解した時から、耳に入ってくる親友の言葉の一つ一つが痛かった。
 何かを一番強く憎んでいるのは親友だったのに、その親友は周りに自分は誰も憎んでいないと振りまいて、自分自身もそうなのだと思いこんでいたことを、少女は一番理解していた。

 少女にとって親友は、憧れだった

 少女は震える声を動かして、男に向かって呟く。
「あの子はもう戻らない。あなたのせいで」
「それがどうした」
 男の表情は変わらない。
「それを悲しんでいるあたしに、あなたなんて言った?」
「さあ、覚えていないな」
 カッと少女の顔に血が上る。
「おまえっ「世界が変わるわけではないだろう」
 思わず、少女は怯んだ。
「アイツひとりの何かで、世界は変わったりしない」
「何を……」
「そもそも世界とはなんだ? これが異世界ではないのだという証明はできるのか?」
「黙れ」
「本当の自分は現実世界で眠っているのか、はたまた病院のベッドにいるのか? そんなことはありえないという証拠はあるのか?」
「黙れッ!!」
 少女は力の限り叫んだ。
「なんなの」
 思い出すのは親友の言葉。
 もしもさ、この、今過ごしてる世界が夢だとしてさ、本当の私達は何をしてるんだろう
 眠っているのかな、一日を過ごしている中のたくさんの雑念がある中の、隅っこの一つとかさ、3秒後には消えてる世界だったりとか
 ね、そうだったら素敵だな
 大好きだった親友と、大嫌いな男が同じことを口にするのは耐えられなかった。

 そんな少女の様子を見て、男は低い声で笑い声を上げる。
「なんなんだろうな」

 男はそう呟いて、そして引き金を引いた。


 少女の意識は、ベッドの上に行くわけでも、現実世界に引き戻されるわけでもなく、ただ、無が拡がるだけだった。


 少女だったものを見て、男は無表情になる。







「お前は、現実世界に帰れたか?」




071209
memoより発掘

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