黒スーツを身に纏った男を見上げ、座り込んだまま少女は敵意の眼差しを向けながら尋ねる。
「悲しんで何が悪いの」
男は失笑し、答えた。
「無駄な動作だ」
少女の視線がさらに鋭くなる。
「喜ぶのは良いわけ」
男は答えなかった。口元に笑みを残したまま、何も言わずに少女を見下ろす。
少女はその男の目が酷く不快だった。消えてしまえと強く願った。その願いを自力で叶えることのできない自分の無力を呪った。
人を憎むのは辛いよ
かつての親友の言葉が蘇る。
だって悲しい。憎んで憎んで……どうするの? 憎んで憎んで憎んで……その先は?
少女は親友にそう聞かれた時、返事をしなかった。
親友は、「自分を騙す」のが酷く上手な人で、少女はそれを理解した時から、耳に入ってくる親友の言葉の一つ一つが痛かった。
何かを一番強く憎んでいるのは親友だったのに、その親友は周りに自分は誰も憎んでいないと振りまいて、自分自身もそうなのだと思いこんでいたことを、少女は一番理解していた。
少女にとって親友は、憧れだった
少女は震える声を動かして、男に向かって呟く。
「あの子はもう戻らない。あなたのせいで」
「それがどうした」
男の表情は変わらない。
「それを悲しんでいるあたしに、あなたなんて言った?」
「さあ、覚えていないな」
カッと少女の顔に血が上る。
「おまえっ「世界が変わるわけではないだろう」
思わず、少女は怯んだ。
「アイツひとりの何かで、世界は変わったりしない」
「何を……」
「そもそも世界とはなんだ? これが異世界ではないのだという証明はできるのか?」
「黙れ」
「本当の自分は現実世界で眠っているのか、はたまた病院のベッドにいるのか? そんなことはありえないという証拠はあるのか?」
「黙れッ!!」
少女は力の限り叫んだ。
「なんなの」
思い出すのは親友の言葉。
もしもさ、この、今過ごしてる世界が夢だとしてさ、本当の私達は何をしてるんだろう
眠っているのかな、一日を過ごしている中のたくさんの雑念がある中の、隅っこの一つとかさ、3秒後には消えてる世界だったりとか
ね、そうだったら素敵だな
大好きだった親友と、大嫌いな男が同じことを口にするのは耐えられなかった。
そんな少女の様子を見て、男は低い声で笑い声を上げる。
「なんなんだろうな」
男はそう呟いて、そして引き金を引いた。
少女の意識は、ベッドの上に行くわけでも、現実世界に引き戻されるわけでもなく、ただ、無が拡がるだけだった。
少女だったものを見て、男は無表情になる。
「お前は、現実世界に帰れたか?」
071209
memoより発掘
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