次の瞬間、その場にいる者たち全員が目を見開いた。
男は、突然力なく座り込んだかと思えば、前振りなく泣き出したのだ。
先ほどまで、阿修羅のごとく全てを灼ききってしまいそうな炎を背負い、それでいてどこまでも冷えきった目で、同じ隊の、本来ならばともに戦い笑いあうべき仲間を、あわや殺してしまうかとさえ思えたその彼が。
ズタズタにされた服を抱えて、ただ悲しいと言うように、声も上げずにただ泣いていた。
「あー」
これには誰もが何も言えなかった。
彼が姫君に目をかけられていることは周知の事実。
聞けば素直に答える彼自身から得た、姫君から直々に選ばれたという衣服のこと。
だから当然知っていた、彼が姫君からその衣服を貰ったということは。
だからこそ標的としたのだ。腹いせに、忠告に、見せしめに。突然やってきた得体の知れぬ若者に、王家の庇護を取られてなるものか、と。
ズタズタにしたその衣服を目の前に投げた瞬間、予想通り彼は怒った。一瞬で首謀者を見抜き、低い声で、『剣を抜け』と呟いた。
それがなんだ、これは。
泣いている。
いくつだお前は、と、怒鳴りそうになった。
けれどそういう訳にも行かず、どうしようかととりあえずそばによって見下ろした。
彼が立てば自分は彼を見上げねばならないだろうに、今は泣いている彼の横に膝をつくこともできず、ただ泣いている大きな子供を前に困り果てていた。
喧嘩を売ったのはこちらで、それなのにとてつもない罪悪感が内に広がっていく。自分だけではない。他の隊員もそうだろう。
でなければこんなに静かなはずはない。
ひとしきり泣いた後、彼は一人でのろのろと立ち上がった。
周りは先ほどの決闘での迫力が忘れられないのか、ザザッと彼のために道をあけた。それが合図だったかのようだった。
「いったいなあに? この騒ぎは」
鈴を転がしたような、むさ苦しい男所帯には似合わぬ声が響いた。
隊員たちをかき分け、騒ぎの中心に顔を出す。
前触れなく訓練場にやって来た姫君は今まさに立ち去ろうとしている彼を見上げ、可愛らしく小首を傾げた。
その視線はやがて、彼の腕の中……、ズタズタにされた衣服へと向けられる。
「もう」
不満そうに姫君は眉を寄せた。何度か、泣き濡れたままの怯えた表情をした彼の顔と引き裂かれた衣服との間を目が行き交う。
「しようのない人ね」
突然、姫君は笑った。
こぼれんばかりの笑みを浮かべ、背伸びをして手を伸ばす。
「男のくせに泣くものじゃありません」
彼の目尻にのこる水分を拭き取って、その手を両手でつかんで引っ張る。
その口は確かに弧を描いていて、彼はきょとんと姫君を見つめていた。
(090221)
memoより発掘
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