神様がくれたもの。大切にしないといけないもの。柊はある日、指パッチンをするたび願いが叶うと言われた。誰かに、確かに、そう言われた。記憶からいつまでたっても消え去らず、ふと思い出すたびに、そんなもの、と柊は笑うしか無い。だって、柊は指パッチンができないから。
英語科の教員に呼び出された。憂鬱な気分で柊は教官室の扉を叩く。返事が無く、扉をよく見てみると無造作に引っ付いている磁石に書かれた「会議中」の文字。柊は盛大に顔をしかめてため息をついた。
会議中と書いてあっても、ここで会議をしているわけではない。この階の奥の廊下にある、階段を上ってすぐのオリエンテーションルームでの、職員会議のことだろう。呼び出したくせに、と柊は少しだけむくれて、教官室の扉を軽く蹴る。
盛大に蹴ったりして、蹴った瞬間を誰かに見られて、騒ぎになったりするのは困る。すごく困る。だって英語科の教員はみんな怖いから。
だから柊は、蹴るさいの威力よりも、「蹴った」という事実のみを求める。
「どうしよ」
小さく呟いて、途方に暮れる。会議がいつから始まって、いつ終わるかを、柊は知らない。呼び出された内容は、きっと英語の成績と志望校のバランスの話だろう。英語科の教員が担任だからなおさらだ。きっといろいろ言われる。いろいろ言われるために寒い中ここで待っているのも馬鹿馬鹿しい。
けれど、怖い教員との約束をすっぽかすほど、度胸も無い。柊は度胸が無い。
ため息をつく。時折思い出すことを、今もまた思い出した。神様がくれた、願いが叶う指パッチン。いつ頃からか頭にあるキーワード。鞄を足下に置き、廊下で膝を抱えて親指と人差し指をこすり合わせる。
掠れた音が、響くだけ。
柊は、何度もそれを繰り返す。
小さく笑った。いつまでたってもできない指パッチン。願いがあったとして、そんなことしてる暇があったら自分から動いた方が遥かに早いに決まってる。
掠れた音を全部集めて重ねたら、ようやく響く一つの音になるだろうというくらい掠れた音を生み出して、物音に顔を上げる。廊下の向こうの、会議が終わったらしきたくさんの教員の姿。こちらに来たり、途中の社会科教官室に入ったり、向こうの階段からそのまま下に降りて行ったり。
その中に担任の姿もあり、思わず笑った。
(100825執筆)
友人からいただいた、「英語科/神/指パッチン」の三題噺でした。
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