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■冬の夕方、特別棟にて■

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 誰もいない社会科教官室で、廊下を挟んだ向かいの教室から聴こえてくるはしゃぎ声に、茶山は戸惑いつつも耳を澄ませた。
 特別棟であるはずのこの棟で、しかも授業終了からに時間経ったこの時間。冬であるため外はもうとっくに暗い。しんと静まった校舎であるはずが、こんな声を聞くとは思いもしなかった。
 そもそも、ここ社会科教官室の近くには、生徒がたむろできるような教室などないはずである。普段は施錠してある視聴覚室。放送部が使っているけれど、防音室となっている放送室。そして、英語教官室、LL教室。社会科教室に、ここ社会科教官室。そして、公民教官室と―――、そこまで考えて、ああ、と納得した。生徒会室と、コンピュータールーム。どちらかで、まだ活動している生徒がいるのだろう。
 未提出だった課題を、目的の教員の席に置き、教官室から出る。出たところで、目の前の教室から笑い声が響き、動きを止めた。
 生徒会室があるのも、コンピュータールームがあるのも、この右隣だ。目の前の教室が、なんの教室なのかは知らない。ふと顔を上げて教室名を見ると、「305演習室」とあった。
(……演習室?)
 こんなところにあったのか、演習室。と、茶山は瞬いた。演習室というのは早い話が自習室で、空き教室である。クラス棟にいくつもある教室が、まさか特別棟にもあるとは考えたこともなかった。家庭科室や化学室、音楽室や美術室など、特別な教室しかないから特別棟なのだ。そのはずなのに、だ。
 少し、いらだちがわき上がった。八つ当たり以外の何者でもない感情が。
 茶山は教室で課題をせっせと一人でこなし、暗い廊下を歩いてここまできて、提出して、一人で帰ろうとしている自分の、すぐそばでわいわいやっている同じ学校の生徒。
 扉をスパンと開ければ、場を白けさせることができるだろうか。「うっせえ」と怒鳴れば。
 扉に手を伸ばそうとしたところで、突然扉が開いた。目の前に女子生徒。
 わずかな、間。
 力の限り上がった悲鳴に、茶山は思わず一歩引いた。

 その演習室は、通常教室の半分の広さしかなかった。
「やぁー。ごめん。ごめんねぇ」
 見かけたことはあるが名前の知らない眼鏡の女生徒が、半笑いで言い、ふうとため息をつく。続いて、ああびっくりしたと、笑った。
「いや、ちょうど、がらっと扉を開けたとたん、先生が腕くんで仁王立ちしてたらどうするって話をしていたものだから」
 笑い上戸か、ただ壷にはまっただけか。女生徒はくつくつと笑い続けた。箸が転がってもおかしい年頃というから、気にしない。女子摩訶不思議。
「それで」
 何故こんなことになっているのだろう。八脚の机を向かい合わせにしてくっつけ、そこに座る七人は、それぞれ何やらゲームに興じていた。
 三人で携帯ゲームで対戦している一角や、二人でカードゲームをしている一角。一人で本を読んでいる者。そして、もう一人は茶山の目の前でにっこりとしている。
「なんだ、ここ」
 当然校内は携帯ゲームやカードゲームなど禁止されているし、見つかれば即没収だ。それなのに、机の上にはサイコロや外国製のゲーム盤が広がっている。さっきまでのはしゃぎ声は、これを全員でやっていたかららしい。
 知らない間に、ボードゲーム同好会なんてものができていたのだろうか。
 などと予想を立てながら、茶山は聞いた。
「文芸部です」
 笑顔で返され、思考が止まる。
「……文芸部?」
 ゆっくりと問うと、
「文芸部」
 わずかばかりも変化のない、維持され続けている笑顔で、こっくりとうなずき返された。
「二年六人、一年三人、女子六人、男子三人。計九人の文芸部。誰が部長かはいまいち謎」
 どう見ても女子三人男子四人しかいない教室でそんなことを言われ、どこから突っ込んでいいか分からない。
「……」
 どこから突っ込んでいいか、分からない。
「ええと、帰ります」
 立ち上がりかけたところで、女生徒が嘆息した。その響きに、思わず動きが止まる。なんともその場から離れにくくするため息のつき方をするものである。
「心配しなくても先生にちくったりしないって」
「本当?」
 ぱっと輝いたような声を聞きながら、わざわざ言うメリットがないと思った。今更こんな告発をしたところで教員からの評価は低いのだ。
 そもそもめんどくさい。
 茶山は鞄を手に取って席を立った。
「帰る」
 それだけ言って、教師との扉を開くと、「あ、また明日!」と女生徒が言った。はぁ? と振り返る。茶山の反応に、きょとんと、女生徒が瞬いた。
「だって、学校ですれ違ったりはするでしょ?」
 その返答は訳が分からず、特に何も返さず茶山は後ろ手に扉を閉めた。廊下を歩きつつ、首を傾げる。
「小学生じゃあるまいし、すれ違うたびになんか話しかけてくるわけないだろうな」
 今時小学生もそんなことしないか。茶山は首をひねりつつ、その場をあとにした。

 それ以降、彼は幾度もあの文芸部の騒動に巻き込まれ、ついには教師から文芸部の一員であると認識されるようになる。

(101219執筆)
 友人からいただいた、「高校/文芸部/ボードゲーム」の三題噺でした。

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