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■神様の歌■第二章■第一話■

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 あたりは、まだ暗い。
 テントから出ると、少し離れた『村』の中央の広場にルースはいた。その広場には、中央にひとつ丸い噴水がある。作られていく過程をラリスも見ている、ごく最近のものだ。
「それで?」
 ルースの言葉を引用して、ラリスが言葉を発した。ルースが苦笑して振り返る。
「ダリスに怒られた。もう聞かない」
「あれ、そうなの?」
 きょとんとしたラリスを見て、ルースは噴水のふちに腰掛ける。
「ああ、聞かない」
 そっか、とラリスは返した。噴水のふちに座るルースを正面から見て、泣きそうに笑う。繰り返し、そっか、と微笑んだ。
 ルースも同様に寂しそうな表情を浮かべて、ラリスに問いかけた。
「ティムと話したか?」
 突然の問いに、ラリスは目を丸くする。なんでまた、口の中で呟いてから、答える。
「ティムとは……、ちょっとだけ。いや、そんなにしてないな。それがどうかした?」
「あいつの印象、どんなだ?」
 ラリスは瞬いた。印象と聞かれても……。と、視線を泳がせる。
「いい子だな、と思う。ルースにとっては? どんな子?」
 逆に聞き返し、ルースは口を開いた。
「あいつはさ、人の気持ちの動きがわかる奴だよ。心が近い、優しい弟だ」
「へえ」
  人の心が分かるなんて、まるで御伽噺の賢者のようだ。そんなティムに、ラリスは少しだけ憧れる。
「あと、大切なことが何かをきちんと『感じる』奴だ。ホント、不思議なんだ」
「へー。あ、じゃあウィルは? ティムとウィルって似てるじゃん?」
 そうラリスが聞くと、ルースは少しだけ困ったような顔をした。
「あいつのことは俺もよくわからない。ただ、島に向かう途中の船で、眠る前に話をした」
「話?」
「ああ、上手じゃないとか、そういう話」
 それを聞いて、ラリスは黙った。確かウィルに、そんなことを言われなかったかと考える。
「ボク、ウィルに言われたよ。『ラリスは上手じゃない』って」
 そういうと、ルースは驚いたようにラリスを見つめた。次第に口の端があがり始める。
「へー。あー、なるほど。そうか。たしかにな」
「あれ、どういう意味か知ってる?」
 本当で気になるために、問いかけた。
「知ってるけど、言わない。自分で気が付かないと、意味ないんだよな」
 ルースはそう、はぐらかして笑った。
「無理はしなくていいってことだ」
 はぐらかそうとするルースに、ラリスは隙を与えず問いかけた。
「ソナタってさ」
 ラリスの言葉に、ルースの気配が固まる。ラリスが横目で見ると、ルースはぎくりとしたように身構えていた。
「ルース、わかってるんでしょ?」
 さっきの会話。ルースがソナタに言わせもせずに、はぐらかした、内容。
「あのな、」
 呆れたような声に、ラリスは微笑む。
「一国の王女の、気持ちに答えられないって、すごいよね」
 すごい。それは、この上ない皮肉だった。ただ、ラリスは許せなかったのだ。そなたの気持ちを力ずくで否定した、ルースが。
 ラリスはソナタのことが好きだ。人として、この上なく憧れてる。一生懸命に生きていて、村人からの頼まれごとも、いやな顔一つせずに受けている。ティムやウィルの姉のように振る舞い、いつも笑顔だ。
 ラリスはそこまで思って自分の顔を抑える。
 ―――自分の絶えない笑顔なんて、偽りだ。
「あれは、ソナタが王女だからとか、そんなんじゃない」
 はっとして、ラリスは顔を上げた。
「どんな人の思いも、俺には応えられない」
 どうして?
 分からなかった。ラリスはてっきり、ルースは国のことを考えた上で、ソナタの言葉を拒絶したのだと思った。彼女が王女じゃなければ、間違いなく結ばれていたのだろう、と。
「―――どうして?」
 まさか、と思う。固唾を呑んで、ラリスはルースをじっと見つめた。

 暗がりの中、見返す瞳に苦笑する。
「ルースは、他に……」
 その言葉の続きは、片手を挙げて止めた。きょとんと目を丸くするラリスに苦笑して、ルースは口を開く。
「好きとか、そういう生易しいものじゃない」
 苦しいほどの思いを胸に、ルースは淡々と呟いた。
「誓いは、守るから」
「誓い……?」
 繰り返すラリスを、ルースはじっと見つめた。目をしばたかせるラリスから、目を離さない。
「絶対、助ける」
「?」
「今よりもっと、ずっとガキだった頃に誓った言葉。だけど、それでも。助けるって決めたんだ、俺は」
 ルースの言葉に、ラリスの体がカタカタと震えた。
「誰、を?」
 可哀想なくらい震えた声、本当は答えない方が良いんじゃないかと思った。だから、ルースは言った。
「絶対いわねえ」
 鮮やかに笑って、目を閉じる。
 思い出すのは、海に沈む夕日を背にした、少女の笑顔。
 目を開いたときの、困ったようなラリスを見て、ルースはくつくつと笑った。噴水の淵から立ち上がり、テントのほうに体を向ける。
「戻ろう。明日は早いんだろ?」
 ルースの誘いに、ゆるゆるとラリスは首を振る。
「ううん、もう起きる時間」
 そう言って、ラリスはルースに背を向けた。
「羊か」
「うん。行ってくる」
 一度振り返って笑い、ラリスは村の外へと歩き出した。
 ルースはその姿を見送ってから、空を見上げる。

 まだ、日は昇っていない。東の空が、薄く白んでいた。

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