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■神様の歌■第二章■第一話■

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 ちゃぷちゃぷと水で遊びながら、息を吐く。ルースの問の意味を考えて、気分はどんどん沈んでいった。自然と、歯噛みする。
 柵の側に見張りが立つ音がして、ラリスは顔を上げた。
「ダリス?」
「ん?」
 なんだ、とラリスは息を吐き、ふと微笑んで口を開いた。
「ルースのこと、いじめちゃダメだよ」
「何のことだ」
 笑い声の混じったダリスの言葉に、ラリスも笑い返す。
「街で喧嘩してた見ず知らずのボクを、わざわざおぶって、ここまで連れてきてくれた。すっごく『真面目ないい人』なんだからさ」
「そうだな、あいつは真面目でなんでも一人背負い込むタイプだな」
 うん。ラリスも同意した。
 ひとしきり笑って、ダリスが突然思いついたように提案する。
「お前、今日からテントで、あいつらと一緒に寝るのはどうだ?」
 驚いて、湯船から立ち上がる。派手な水音がして、ラリスはハッとすぐにしゃがみこんだ。
「い、いきなりどうしたのさ。なんで? ボクが、傍にいても良いって言うの?」
「この『村』には、お前と同世代の子どもはいないだろう? 俺とも年がだいぶ離れてるし、俺は村長の仕事で忙しい。毎晩俺の帰りを待ってから寝てるんじゃ、羊の世話で朝の早いラリスは大変だろう?」
 ラリスからの返事は、しばらくなかった。ダリスが名前を呼ぶと、小さな返事が。
「優しいダリスって、なんか変なの」
 憎まれ口に、ダリスは苦笑する。
「たった一人の家族に、優しくしても罰は当たらない」
 またしても、ラリスの返事はしばし遅れた。
「ダリス」
 その声は、震えていた。
「ありがとう」
 泣きそうな声だな、と。ダリスは少し寂しい気持ちで思った。



「あー、みんな揃ってるね」
 言いながら、ラリスはそれぞれがくつろいでいるテントの床へと飛び込んだ。
「ラリス?」
「やだ、どうしたのよ」
 それぞれの言葉を無視して、ラリスは問いかける。
「ボクも、ここで寝ていい?」
 その場にいる、ソナタとティムとウィルとルースは、しばらくラリスを見ていた。
 やがて、破顔する。
「いいよ」
 その返答に、ラリスも笑った。
「それなら、俺は奥のベッドを使わせてもらうかな」
 そう言って入ってきたのは、ダリス。
「えええ、何さ、どうしたの。仕事は?」
 ラリスが驚いている横で、ダリスはさっさと明かりを消した。
「いーんだよ。ほら、子どもはさっさと寝ろ」
 言われて、首を傾げながらも大人しくそれぞれが動き出す。それぞれ適当な場所に横になった。
 真っ先にラリスが場所を取り、目を閉じる。
「変な夢見たりした報告しろなー。じゃないと本当になるからな、まじで」
 よくわからない、けれど子どもの頃から言い聞かされてきたダリスの、『決まり文句』に、ルースは胡散臭そうな視線を投げ、ソナタは苦笑し、ウィルとティムはやけに真面目な顔を見合わせ、うなずいていた。その様子を見て、ラリスは静かに微笑み、意識を沈ませる。



 夜はもうだいぶ更けていた。ラリスがふと目を覚ましたとき、小さな声が響く。
「ルース、まだ寝てる?」
 右隣で眠るソナタの声だった。まだ起きていたのか、とラリスが驚いていると、ルースのほうからも返事が。
「ああ」
 ルースがすぐ左隣にいたことに、ラリスは心底驚いた。ラリスをはさんで、二人の会話が始まる。
「ちょっとだけ、お話してもいいかしら」
「なんだ」
 無愛想な声だった。慣れているのか、それに構わずに、ソナタは続ける。
「ちょっと前の話。ある日ね、お城の横に併設されていた学校の図書館での出来事なんだけど」
 何の話だろうか。他の人の前ではできない話? ラリスが考えている間にも、ソナタの言葉を続く。
「一人の、金髪の男の子が眠っていたんだって。たくさんの本を机の上に広げて、ひとつの本を開いたまま、読みながら眠ってしまったように。その部屋に、一人の女生徒が入ってしまった」
 むくりと、ルースが体を起こした。気にせず、気付かないフリまでして、ソナタは黙らない。
「もうすぐ授業が始まるわ。そう言って、彼女は彼を起こそうとした。手を伸ばして、肩を揺らす直前に、彼は発したの、ひとつの言葉を」
「ソナ……。ビビ」
 ルースの制止の声に、ほんの少しだけソナタは黙った。けれど、結局はそのまま続ける。
「それ、女の子の名前だったんだって」
「……」
 大きな息を吐いて、ルースは額に手をやり、背中から床に倒れこんだ。ボフッと、ラリスの方にも振動が伝わる。
「その名前、彼女は初めて聞いた名前だった。多分、ラデンでは多用されない名前だったんだって思って、気になって調べたのよ、どこの国の名前かって」
「それで?」
「その名前は、大陸全土、無法地帯であるはずのこの島にさえ及ぶ勢いで、『使用禁止』になってたって」
 沈黙が降りた。その沈黙の中、すっかり目が覚めてしまったラリスはどうしようかと思案する。
「それで」
 ルースは堅い声でソナタに問いかけた。え? とソナタは声をあげる。
「だからなんだ」
 話の続きを催促していることに気付き、ソナタは苦笑した。ごめんね、と一言呟いてから、再び口を開く。
「その名前はね、『セーラ』って言うんだって」
 ラリスの表情が、少しだけ動いた。
「ルーストは小さなころから一緒にいるけれど、私はそんな名前知らない。眠っている時にさえ、思わず名前を口に出してしまうほどの人? ねえ、いったい誰なの?」
 ルースはそれに返事をしない。
 しびれを切らしたソナタは、さらに続けた。
「それが、あたしに応えてくれない理由? あたし、ずっとルースが」
「ソナタ」
 再び、ルースが額を押さえた。
「お前は誰だ」
 そう問いかけられて、ソナタは唇をかむ。重ねてルースは問いかけた。
「答えられるだろう?」
「……ラデン王国王女、王位第一継承者。ソナタ・ビビ・ヴィーブルス・ラデン」
「そんなこと、言っちゃいけないんだよ。お前はさ」
「またそうやってはぐらかす。……もういい、寝るわ」
「ああ、寝ろよ」
 ルースの態度に、ラリスはほんの少しだけ怒りを覚えた。
 ソナタは拗ねたようにルースに背を向け、しだいに規則正しい呼吸をし始めた。やはり、眠たかったのだろう。
 すっかり醒めてしまった頭をどうしようかと、ラリスは考える。ここはやっぱり寝なおすしかない。そう目を閉じた時だった。
「ラリス」
 隣から声がして、ラリスはビクゥッと体を振るわせる。
「起きてるな?」
「……」
 ばれていた。何故だか知らないが、ルースはラリスが目覚めていることに気付いていた。不可抗力ではあるが、盗み聞きしていたことがばれてしまい、ラリスはなんとなく気まずい。
 気にしているのか、しているからこそなのか、ルースは告げた。
「三回目だ。『話がある』ちょっと外に出てこい」
 そして、ラリスの返事も待たずにルースはテントを出て行く。
 残され、静かに体を起こしたラリスは、少しだけ悩んだ後、テントから出ようと立ち上がる。
「ラリス」
 テントから出る直前、呼び止められて振り返った。
「口滑らすなよ」
 呼び止めたのは、ダリスだった。ラリスは返事をせずに、そのまま外に出た。

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