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■神様の歌■第二章■第一話■

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「ラリス?」
「へ」
 ウィルの言葉に、ラリスは慌てて振り返った。
「あれ、ビビは?」
「村の中見てくると言ってた。あとダリスさんにお礼」
 そう、とラリスが返事をして、ウィルのほうに向き直ると、ウィルは身を乗り出してラリスの顔を覗き込んできた。
「ウィル?」
「ラリスは、上手じゃ無い」
 言葉の意味がわからず、ラリスは首をかしげた。
「私のほうが、練習すれば上手になる」
 よくわからずに、どうしたの、とラリスは笑いかけると、ウィルがかすかに眉を寄せた。
「あれ、ウィル……もしかして機嫌悪い? って言うか、結構お喋り―――ちょっ」
 からかおうと言葉を重ねれば、そのまま頬を手で挟まれた。
 かすかに寄せられた眉に、感情の読み取れない瞳、その二つに混乱し、ラリスは瞬きを繰り返す。
「なんでもない」
 そう言ってウィルが手を離し、顔を背けるのと同時に、ルースたちが戻ってきた。
「どうしたんだお前ら」
 ルースの問いに対するのは、呆気にとられて何も言えないラリスと、相変わらず何も言わないウィルだった。



「ラリス、お前、羊は見に行ったのか?」
「あ、しまった!」
 慌ててラリスが立ち上がると、ルースの背後からダリスが顔を出す。
「仔羊ならもう俺が見に行った。一匹他の仔羊に埋もれてただけで大事は無い。今回は大丈夫そうだ」
 その言葉に、パァッとラリスの表情が輝いた。どうしたの? とティムが訊ねると、ラリスは苦笑する。
「ちょっとね」
 そして、ラリスはテントを出た。その姿を見送りながら、ダリスはティムの問いに答える。
「ラリスは、前回自分が世話した仔羊を亡くしてるんだ」
「あ」
 ティムは触れてはいけないことに触れてしまったと気付き、一度ずつダリスとルースを見てから、うなだれた。その頭をルースは軽く叩いてやり、それで、とダリスに訊ねる。
「あいつはどこにいったんだ」
「さあなー」
「まさか本当に羊小屋に行ったとか」
 ティムの呟きに、まさか、とダリスが答える。ルースがティムに訊ねた。
「いやな予感、するか?」
「……ちょっとだけ。ほっといたらいけないような気はする」
 返事を聞くなり、ルースは立ち上がってテントを出た。入り口にいたダリスが僅かに身を引く。
「どこに行く」
「ちょっとそこまで!」
 ルースはそう叫んで走り出した。ダリスの止める間もなく、村の入り口にいた見張りを問い詰めている。
「僕の予感を、兄さんやソナタ、ドクター、ジンさん。みんなは信じてくれる。だから僕は安心して口に出せる」
 ティムの静かな言葉に、ダリスも静かに返した。
「確実だと、わかっているのか」
 その言葉に、小さく笑って黒髪の少年は答えた。
「はっきりとはわかりません。『いやな予感』や『いい予感』何かを僕は、『感じる』だけです。―――でも」
 少しだけ言葉を区切って、ティムは続けた。
「リアさんの気持ち、わからなくは無いです」
 そうか、とダリスは返した。
 そんな二人のやり取りを、ウィルは黙って見つめていた。正しくは、ティムの表情を。
 一通りやり取りが終わった後、二人には聞こえない大きさで、彼女は呟く。
「ティムも、上手じゃない」
 そう言って、顔をそらした。



「ラリスは?」
 ルースの問いに、見張りは苦笑して指し示した。示された先を、彼は目で追う。
「……何してる?」
 村をでたすぐ脇で、ラリスはしゃがみこんでいた。
「ちょっと思い出しちゃったんだよ。しょうがないだろ? 初めてだったから、ちょっとショック大きくて」
 ため息をついて、ルースはラリスの肩を叩いた。
「戻るぞ」
「いやだ」
「はぁ?」
「もうちょっとここにいさせて」
 じっと、ラリスは大陸のある方角を見ていた。
「ったく」
 その横にルースは腰を下ろす。え、とラリスが驚くが、ルースは何も言わなかった。



「話がある」
 長い長い沈黙の中、二人で空を見上げている時に、ルースはしっかりと呟いた。
「話?」
 ラリスの問いに、「話」ルースが頷く。
「この『村』は、世界の真実を隠してる。そうだろ?」
「それは――――――」
「ラリス、いい加減風呂に入っておけ」
 村の入り口から、ダリスが顔を出してすぐ脇にいるルースたちを見下ろしていた。
 反射的にラリスはダリスを見上げ、ぱくぱくと口を動かしたまま視線を逸らさない。
 ルースはあぐらを掻いた自分の膝に頬杖をつき、ため息をついていた。
「お前が最後だ。そろそろ危険な動物も目を覚まし始めるぞ」
「え、本当?」
「見張り役やってやるから、とっととすませろ」
 ラリスが立ち上がると、ダリスはその背中を押した。そして、ルースへと向き直る。
「村の詮索なんて、あんまりいいことないぞ」
「そんなの、『首を突っ込むな』って言えばいいじゃないか」
 ルースが睨むと、ダリスはため息をついた。
「子どもが知っていいことじゃない。それがわからないか」
「子ども扱いされたままじゃ、望みは叶わない」
 何を望んでいる? ダリスはそう訊ねるようにルースを見下ろした。
 たかだか十五の少年が、いったい何を、そこまで求めているというのか。ためしに、聞いてみる。
「ラデンの蔵書はどれだけ調べた」
「歴史書なら半分」
「それなら、『村』に何かを求めるのならお門違いだ。『村』の蔵書は、お前の弟が求めているような『くらし』に関することしか載っていない」
「隠されたものは」
「あったとしてもお前に見せる義務は無いし、お前は見る権利を持っていない」
 ものすごい威圧感を圧縮させ、ルースはダリスを睨みつけた。
 燃えるような黄金の瞳を、ダリスは黙って受け止める。
「何を望んでいるのか、口にする気になったら見せてやろう」
 ルースが弾かれたように目を見開いた。
 しかし、それも一瞬で苦痛の表情に変わる。
「人でなしだな、この『村』の連中は」
「何のことだ?」
 ダリスの、意地の悪い表情に、ルースは黙り込んだ。身を翻して、テントへと足を進める。
「ラリスの見張りだろ、さっさと行けよ」
 そう言って、ダリスを苦笑させた。

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