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■神様の歌■第二章■第一話■

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 森の奥の、ひとつの小屋。そこから聞こえる声。
「リシア嬢」
 呼び声に、魔女は振り返る。
「あら、コルじゃない。どうかしたの?」
 笑顔で訊ねるリシアの顔に、コルという男は手を伸ばした。リシアは身を引きもせずに黙ってその手の行方を見る。
 コルの手は一度だけ優しくリシアの頬をなでてから、軽くつまんだ。
「コル」
 どういうつもり? と、リシアが名を呼ぶが、コルは何も言わない。
 リシアは黙って目の前の男を見ていると、コルは静かに口を開いた。
「笑えもしないくせに、笑うなよ」
 笑顔のまま、リシアは表情を凍らせた。
「笑えてない? そう言うの?」
「笑えてない? 違うな、そういうのは『笑ってない』って言うんだ」
 コルの言葉に、リシアは黙り込んだ。コルはそんなリシアの様子を確認してから、手を離す。
「あいつらは島に渡った。そして、村にたどり着いた」
「そう。確認できたの」
 コルのほうを見ずに、リシアは呟いた。ソレに構わず、コルは頷く。
「ああ、なんとかな」
「確実なのね」
「ご自分で確認すればいいだろう。まあ、待っていればそのうち夕焼けの子がここに来ると思う」
「宵の片割れが?」
「ああ、我らが神子様がな」
 コルの皮肉気な言葉に、リシアはコルに背を向けた。下唇を噛み締める。コルはその反応を予想していながら、気付いていないふりをした。
「お前のせいじゃないだろうに」
 リシアは答えなかった。コルはひとつ息を吐いて、手のひらをリシアの頭に乗せる。
「何のつもり」
「いいや? たまには可愛がっておこうかと。数少ない『身内』だ」
「バカにしないで」
 リシアの言葉に、コルは笑った。
「それなら、一度くらい泣いて見せろよ。泣くのを我慢していうるうちは、まだ子どもだ」
 リシアは言葉を閉ざした。二十代半ばほどにしか見えないその魔女は、冷たい視線でコルの瞳を射抜く。
「帰って頂戴」
「リシア嬢のお望みのままに」
 コルは楽しそうに笑みをこぼし、小屋を出る。
 一人、小屋にたたずむリシアは、テーブルに手を着いた。
 ただ静かに、目を閉じる。

***

「そういえば、ここで身を隠すことにしたのはいいんだけどさ」
 ん? とラリスがティムを見る。ルースも同様に振り返った。
「僕らはどこに住めばいいの?」
 あ、とソナタは口元を押さえた。ルースの表情に変化が無いところを見ると、全てダリスに任せるつもりだったのだろう。
 ラリスは笑って答えた。
「それなら、お客様用のお家があるから、問題ないよ」
 小首をかしげるウィルを見上げて、ラリス微笑む。
 ウィルは何も言わずに小さく首をかしげた。
 ラリスはとりあえずダリスを探し、声をかける。
「ダリスー、お客さん用のお家、準備平気?」
「ああ、できてる。つれて行ってもいいぞ」
 元気よくラリスは返事をして、連れて行こうと歩き出すと、イリアが声をあげた。
「俺は、『村』で世話にはなれないな」
「え」
 ラリスが振り返ると、イリアは柔らかく笑う。
「リアが『街』で待ってる。あの街で、リアを一人にはできない」
 えっと、とラリスは通り過ぎたダリスの方を見る。背が足りないのか、少しだけ背伸びをして。
「ダリス、どうしよう」
「あー、イリアはいい。リアさんいるし、村の否定派でも無いしな」
 ダリスの言葉にほっとしたようにラリスは胸をなでおろした。ルースは『イリアはいい』のセリフに、どこか疑問を感じながら、成り行きを見る。
「いいよ。リアさんによろしく」
 ああ、とイリアは笑った。
「たまに遊びに来るよ。何かいる物があったら言ってくれ。橋渡しくらいにはなれる。物資調達を直接すると、さすがに風当たり強いからな」
「本当? それ、すっごく助かるよ!」
 イリアはその場去り、残ったものは手を振って見送った。
「さて、みんなが泊まるのはこの家―――っていうか、テントなんだけど、まあ、良いとこだよ。入ってみて」
 ソナタの「げ、テント?」という言葉にルースが平手を入れて、一行はそのまま中を覗き込む。
 入る前に、ラリスが一言いれた。
「あ、靴は脱いだ方が快適かも」
 その言葉に従い、それぞれ靴を脱いでから中に入った。
「すごいこれ」
 ティムの呟く横で、ウィルがつんのめって頭から床に『ボスン』と突っ伏した。それをティムが慌てて引っ張りあげる。
「大丈夫? ウィル」
 ソナタも同様に手を貸しながら、声をかけた。



 テントの中は、床一面がベッドのようにふかふかの素材でできていた。
「何でこんな風かって言うとねー」
 ラリスが大またで歩き、奥にひとつだけあるベッドに腰掛ける。
「昔から、この『村』のお客さまって言うのは、くつろぐのが仕事みたいなものだったんだって。その象徴的な場所なんだな、ここは」
 自慢げに言った後で、ラリスは、ああ、と言い直した。
「だからって、みんなは働くんだからね。特にルース。一番目立たないんだから。まあ、金髪なんて『村』にはいないけどさ。まあ、『街』にはいると思うけど」
 その言葉に、ウィルがポツリと呟いた。
「珍しいの?」
 ラリスがウィルのほうを見て、聞き返しもせずに頷いた。
「北国のシエスタあたりじゃ珍しくないけどね、村人の色が違うってだけで。その辺考えると、ボク、黒髪はキミ達しか見たこと無いよ。ビビなんて、世界でたったひとつの色だしね」
 ってわけで、すぐに足がつくキミ達は目立つ行動禁止ね。とラリスは笑い、そのまま案内を続ける。
「お風呂は、温泉がわいてるんだー。二つちゃんとあるんだけど、大体は別々に入るよ。普通は、お客さんが最初ね。ってことで、ビビとウィルはもう入っちゃいなよ。明るいうち、早めに入ったほうがいいよ」
 なんで、とソナタが問い返す前に、ルースが言った。
「夜行性の肉食獣か何かか」
「ご名答」
 人差し指を自分の唇に当てて、ラリスはニヤリと笑った。
「村の外だからね、塀とか無いの。もちろん、簡単な身の丈ほどの柵はあるし、誰かが入ってる間は見張りも立つよ」
「先に、入らせてもらうわ」
 声音を堅くして、ソナタが呟いた。
 それにラリスは笑顔で返す。
「着替えはこっちで用意しておくから、ごゆっくり」



「長いな」
「そりゃ、女の子だしねー」
 ルースの言葉に、ラリスは道具を使って火を焚きながら答える。
「二人とも髪長いし、時間がかかるのはしょうがないでしょ」
 火が安定し始めたところで、ラリスはふと顔を上げた。
「そういえば、ティムは?」
 ルースを振り返ると、ルースも顔を上げる。静かに辺りを見回して、肩をすくめた。
「さあな。この『村』の書物を読みたいとか言ってたから、それ関係じゃないのか」
「そっか……」
 ラリスは火を焚いていた道具を置いて、立ち上がる。
「それじゃ、ボク羊の様子見に行かなくちゃ。ルースも適当に休んでて……」
「もうすぐ日が暮れ始める。村の外は危ないんじゃないのか」
 その言葉にラリスは立ち止まる。困ったように振り返って言葉を返した。
「あー、そうかも。でも、産まれたばっかりの仔羊がいるからさ、やっぱ気になるじゃん」
「そうか、羊の小屋は村の外にあるのか」
 会話が止まった。え、とラリスはルースを見たまま口元に手をやる。
「ルース?」
「少し話がしたい」
「話?」
 ルースの目の前にラリスが座ったところで、テントの入り口が開いた。
「ただいまー、いいお湯だったわよ。あんた達も早く入ったらっ―――て、あれ、ティムは?」
「今行く」
 ルースはそう言って立ち上がり、テントから出て行った。ラリスは、黙ってその後姿を見送る。
 ウィルは、そんなラリスを見つめていた。

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