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■神様の歌■第一章■第三話■

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「ラデン王国でのいざこざなんざ、知ったことか」
「……」
 ダリスの言葉に、ルースは閉口した。
「そんなに睨んでも何も変わらねえよ。世間知らずの王女をさっさと連れて帰れ。『村』は中立なんだ、どの国にも属さず、手を貸さず、敵対もしない」
「あんたが」
「おいおい、なんだ? 王女をかくまえと言うくせに、その態度は―――」
「あんたが、ソレを言うのか」
 ルースの言葉に、今度はダリスが閉口した。
「世界の全てを『村』が把握しているくせに、世界に全てを隠してるってのは本当か?」
「ああ、ソレがどうした」
「歴史にひた隠しにされた一族のことも」
 今度こそ、ダリスは言葉を失ったかのような表情を浮かべた。目を見開き、ルースを真正面から見る。何か言おうとする口も、満足に動かない。
「―――そうか」
 長い沈黙の後、ダリスが言った。
「お前が、『ルース』か」
「へぇ、俺を知っているのか」
 ソレが当然といわんばかりに、ルースは口の端をあげて訊ねる。
「よくいうよ」
 ダリスは相手にせず、当初の提案に対する答えを口にした。
「とにかく、王女をかくまうことはできない。いいな」
「ダリスっ」
 言い終わった直後、ラリスが部屋に飛び込んできた。
「なんだ」
 ラリスのほうを見もせずに、ダリスは訊ねる。けれど、ラリスはそのままダリスに飛びついた。
「どうした?」
 さすがに不思議に思ったダリスが、ラリスの肩を掴む。無理矢理自分から引き剥がし、その顔を覗き込んだ。
「……」
 ラリスは今にも泣きそうで、懸命に顔を歪めてこらえていた。
 その震える肩に気がつき、ダリスはいよいよ心配になる。
「ラリス、落ち着け。何があった?」
「……が、いた」
 震える、今にも空気に溶けて消えそうな声を、ダリスは拾った。その言葉に、息を呑む。ダリスは何もいえないままで、ラリスは取り乱した状態のまま言葉を吐き出した。
「ボク、こんなこと、考えてもなくて、どうしたらいいかわからなくて。ダリス、ボクはいったいどうしたらいい? 何で今さら、どうして! なんで!」
 そうやってすがり付いてくるラリスを、ダリスはじっと見つめた。
 見つめたまま、ルースに声をかける。
「いいだろう」
 ルースが、ハッとダリスを見上げた。ダリスも、ルースのほうへと顔を向けて、言う。
「王女の件、引き受けた」
 取り乱すラリスをしっかりと掴んで、『村』の長は言い切った。
 ルースが、頷く。
「頼む」


「―――ここは?」
 ティムが目を覚ますと、そこは小さな家の中だった。
 隣にはウィルが居て、奥の椅子にイリアが腰掛けている。
「わからない。誰かに連れてこられたのだと思うけれど」
 ウィルの答えに、ティムはそっか、と頷いた。
「誰かって、簡単だよ『村』の連中に決まってる」
 イリアがやる気の無い声で呟いた。ティムが「どういうこと」と訊ねると、返事はすぐに帰ってくる。
「それだけ、『街』の連中が『村』に対して酷いことしてるってわけだ。警戒してるんだよ、『村』の連中は」
「だからって、気絶させて捕まえなくても……」
「そうせざるを得ないことを何度もされてるんだろう」
 イリアの言葉に、ティムは肩を落とした。
「どうしたら……」
 出してもらえるかな、と考えようとする間もなく、家の扉が開いた。
「悪かったな、あんた達。もう出ていい」
 若い男の声だった。三人は顔を見合わせ、まず最初にイリアが出る。
「いったいなんだ?」
「『村』は今、『外』からの客人を招いている。その連れを、誤って袋叩きにしてしまったことがわかった」
 本当に、申し訳なかったな、と男は苦笑した。
「客人?」
 イリアが首をひねった時、ティムとウィルが家から顔を出した。男の後方にいる兄の姿を見つけ、ティムが飛び出す。
「兄さん!」
 よ、といつもの顔で手を挙げたルースをみて、ティムは笑った。その横にいるソナタとも手を取り合う。
「ソナタの王位継承まで、後二年なんだ。それまで、ラデンからソナタを失うわけには行かない」
 だから、とルースは続ける。
「この『村』の長、ダリスに頼み込んだ。ここでかくまってもらえることになったんだ」
 ティムは黙ってルースを見つめる。イリアは何か言いたげだったが、我慢をしていた。
「僕はそれで構わない。兄さんがいるなら、なんだって大丈夫だと思うから」
 ありがとう、とルースは返した。


 ラリスが、遠くで二人を見つめていた。
 しばらく見ていたが、やがて微笑み、歌い出す。

 一人の少女と少年が
 支える世界がありました

 一人の少女と少年が
 嘆く世界がありました

 一人の少女と少年が
 愛する世界がありました。

 ラリスの痛みを、世界はまだ知らない。

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