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■神様の歌■第一章■第三話■

■5■
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 暗闇の中で、ウィルは目を覚ます。見知らぬ天井に、一瞬ここはどこだろうと思い、徐々に意識を覚醒させていく。
 視線だけを動かし、自分の寝ている場所を把握した。
 狭くも広くも無い部屋、大きな窓、差し込む月の光。
 ようやく、ここが島であり、イリアの家であることを思い出し、ウィルは安堵の息を吐いた。
 記憶はある。大丈夫。そう何度も心の中で唱えた。
 そして、自分の周囲へと意識を向ける。月の光を受け、逆行となって見える人影と、物音に、ぼんやりと呟いた。
「リア……?」
 ウィルの声に、人影の動きが止まる。隣のベッドで、リアが眠りに着こうとしていた。
「起こしてしまった? ごめんなさい」
 リアがそう言うので、ウィルは体を起こして首をふる。
「いいえ」
 そして、ウィルは少しだけ考えた。昼間に思った問いを口にするか否か。結局、口にすることにしたのだけれど。
「リアは、夢を見ることが嫌い?」
 ウィルの言葉に、リアは言葉を失った。かすれる声で、「どうして」とだけ呟く。
「辛そうに見えたから」
 昼間を思い出しながら、ウィルは囁いた。言いながら、ベッドに身体を沈める。
「イリアが自慢げに話す横で、リアはとても悲しそうだったから」
 リアはそれを聞いて、口元を手で押さえた。
 ウィルはちらりとそれを見て、さらに言葉を続けた。
「その力があっても、幸せではない?」
「そう思ったことはあるけど、けっして私は不幸では無いと言い切れる」
 リアが小さく呟く。
「人の過去も未来もわかるの。知らない人でも、何度も見る。そして、いつかその人に出会うの。それ気づいた時、正気じゃいられないと思った」
「でも、リアは今正気だと思う」
「それは、自分のことは正確にはわからないと、気がついたから。イリアのことも見ることができない、と知ったから。そして、ずっとイリアが側にいるから」
 そう言って、逆光を浴びながらリアは微笑んだ。
「一握りでいいの」
 リアはポツリと呟いて、「おやすみ」と続けた。
 その神秘的な声音を使って囁かれたソレに、ウィルは意識を手放した。
 翌朝目を覚ますと、ウィルの隣のベッドにリアの姿は既になかった。
「ウィル」
 扉の向こうから、ティムに声をかけられ、ウィルは返事をした。
「どうしたの?」
「おはよう。朝ごはんできてるよ」
 ティムはそう言って、扉の前から立ち去った。ウィルは簡単な支度をして、食卓へと向かう。
「おはようございます……」
 言いながら扉を押し開くと、イリアとリア、そしてティムが既に食卓についていた。
「おはようウィル」
 口々に挨拶をし、ウィルも椅子に座る。
 一同は、食事を始めた。
「そういえば、二人はこれからどうするんだ?」
「船が沈んで、兄さんとはぐれたんだ。探さないと」
「それなら」
 リアが口を開き、ティムとイリアは黙ってそちらを向いた。リアは、少しだけ照れくさそうに笑い、言う。
「それなら、ダリスという人を訊ねるといい」
「ダリス?」
「いや、そりゃダメだろ」
 ウィルとイリアの声が重なった。
 二人は一度顔を見合わせて、再びリアの方を向く。
 まず、ウィルが先に口を開いた。
「ダリスと言うのは?」
「この島の先住民だった一族の長」
 短く、わかり易い返事だった。次に、イリアがリアに食って掛かる。
「危ないって、やめとけよ。何でそんな提案……」
 言いかけて、やめた。イリアはじっとリアの目を見る。
 リアの浮かべた笑みを見て、食事中にもかかわらず彼女を廊下へ連れ出した。
 残されたウィルとティムは、目を合わせて首をかしげる。
「ドゥーノさんが言っていたことか」
 イリアの問いに、リアは何も言わずに頷いた。
「あの人を、信じるのか?」
 また、何も言わずに頷く。
「そうか」
 イリアは顔を伏せ、小さく返した。
 リアはイリアを見上げ、その袖を引っ張る。
「平気。きっと大丈夫」
「……わかった」
 リアの言葉を、イリアは信じた。
「じゃあ『村』への案内は、俺がする。いいな?」
 リアは頷き、一人食卓へと戻った。イリアも、すぐにその後を追う。



「どうして、イリアは『村』への行きかたを知ってるの?」
 ティムの言葉に、イリアは一度首をかしげる。
「いや? 『街』の連中は、みんな知ってる。近づかないってだけでさ」
 そうなんだ、とティムは呟いた。
「もうすぐ着く」
 イリアの言葉が、どこか緊張しているように見えて、ウィルは首をかしげた。
「イリア、どうしたの」
 その時だった。鈍い音がして、頭を何か硬いもので殴られた感触がした。ウィルの目の前が一瞬暗くなる。気を失う、と思った時には、もう目を閉じてしまっていた。
 周りで二度、同じような音が聞こえたけれど、ウィルには何もできなかった。
 薄れ行く意識の中で、ただ、運ばれていることだけを感じていた。

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