*

■神様の歌■第一章■第三話■

■4■
BACK TOP NEXT 

 他愛のないことをソナタと少年は話していた。
「そういえば、名前は?」
 ポツリとされた質問に、まだ聴いていなかったのかとルースが苦笑する。そのルースの背中で少年が口を開いた。
「ボクはラリス。えっと――」
 ラリスはソナタを見つめ、首をかしげる。ソナタも微笑み、名乗った。
「私は……。えっと、そう。あたしはビビ。こっちは」
「ルースだ」
 ラリスはそっか、と呟いた。相変わらずフードをかぶったままのラリスを見て、ソナタは言う。
「どうしてフード取らないの?」
「え? どうしてって……」
 ラリスの言葉が終わるのも待たずに、ソナタは手を伸ばした。ラリスの「あっ」という悲鳴も無視して、フードを上げる。
「……」
 ソナタは黙って素顔のラリスを見つめた。
 陽に当たり、きらきらと輝く茶色の髪に、夜空をそのまま閉じ込めたような漆黒の瞳。
「……何?」
 ソナタの真剣な表情に苦笑し、ラリスは視線を泳がせる。
 ソナタは、これでもかというほどラリスを見つめて……。
「可愛い!」
 叫んだ。
 突然あがったテンションをそのままに、ソナタはルースの肩を叩く。
「見て、見て! ラリスったらすっごく可愛いわよ!」
「あーはいはい。そーかよ」
 興味を示さないルースに、えー。とソナタが抗議する。
「一見の価値ありよ?」
「興味はない」
 さらりと告げられた言葉を最後に、ソナタたちは黙った。ラリスがソナタを見ると、視線に気がついたソナタもラリスを見る。
「可愛いって言われるの、男の子はやっぱり嬉しくないかしら?」
 その問いに、ラリスは苦笑する。
「たぶんね」
 その返答に、肩を落としたソナタが謝ると、「ううん」とラリスは笑った。そして、小さく言う。
「もうすぐ『村』だよ」
 ルースが訊ねた。
「ひとつ頼みがある。誰に聞けばいい」
「頼み?」
「ラデンでちょっといざこざがあったんだ」
 ラリスが首をかしげて「いざこざ」と復唱する。ルースはそれに答えず、ラリスは仕方なく彼の問いに答えることにした。
「ダリスって言う男に聞けばいいよ。若いけど、村の長だから」
 ソナタが少しだけ首をかしげた。
「年長者はいないの?」
 その問いに、ラリスは少しだけ口を閉ざす。気づかれない程度の間を一瞬だけ生み、すぐにかき消した。
「まあね」
 しばらく歩くと、『村』の入り口にたどり着いた。
「本当なら、一度ボクがダリスに一言断らなくちゃいけないんだけど」
 だめだ、動けない。そうつぶやいて、ルースの背中に顔を押し付ける。そのしぐさが可愛かった。
「そういえば、ラリスっていくつなの?」
「へ?」
「あたしは今月十四になるわ。ラリスは?」
 えっと、とラリスは一瞬まごついた。少し考え、そして自分の年齢を告げる。
「今、同い年だ。ボクは今十四。来月が生まれ月だよ」
「え」
 村を横切りながら、ソナタが一瞬躓く。
「嘘!」
 叫び、小走りで遅れを取り戻した。
「あたし、ラリスのこと年下だと思ってた」
「ボクら『村』の人たちは、若く見られがちなんだ」
 怒るそぶりも見せずに、ラリスは笑う。ソナタはふと思いついたように呟いた。
「それじゃ、ラリスとルースは同い年なのね」
「そうなの?」
「俺は先々月に、十五になった」
「それにしても、ラリスは小さいわ。ルースと同い年とは思えない」
 ソナタのからかうような言葉に、ラリスは苦笑しながらポツリと呟く。
「ボク、成長遅いのかな……」
 その直後、大気の震え上がるような怒声が響き渡った。
「ラリス!」
 その怒声に、ルースとソナタは足を止める。ああ、と一人声をあげた。ルースの背中で、ラリスが呟く。
「ダリスだ」
 村の置くから歩いてくる人影は、遠目から見ても怒っており、ルースはソナタを後ろに隠した。
「お前、また『街』へ――」
 ダリスはルースを見て、言いかけた言葉を止めた。
「お前……」
「市場で喧嘩をしていた。怪我をしている。医者に手当てしてもらえ」
 それだけ言って、ルースはラリスをダリスへ押し付けた。
「俺はルース。こっちはビビ」
 ルースの言葉と同時に、ソナタはルースの影から顔を出し、ぺこりと頭を下げた。
「あんたが村長なら、頼みがあるんだ」
「……わかった。俺の家へこい」
 ルースは頷き、ソナタを振り返る。
「お前は外で待っていろ」
「え」
「大丈夫だ」
 ルースに念を押され、ソナタはしぶしぶ頷いた。ダリスとルースはそのまま民家へと入り、ソナタは……。
 手ごろな石に座り、これからどうすればいいのかしら、と思いふけった。

BACK TOP NEXT