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■神様の歌■第一章■第三話■

■3■
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「着いたな」
 イリアの言葉に、ティムとウィルは何も言わない。
 二人の表情は同様に疲れており、ティムは何か言いたげにイリアを見つめていた。
「どうした?」
「どうしたも何も」
 ティムがため息をつく。本気で疑問符を浮かべているイリアに対し、額を押さえた。
「道案内を買って出たくせに、散々迷うなんて」
 ウィルの小さな抗議を、イリアは笑い飛ばす。
「まかせろ」
 なにがだ。ティムは空を仰いだ。既に時刻は昼過ぎだった。
「ひとまず市場に行こう。俺がいない間何があったか知りたい」
 イリアは二人を引き連れて、市場へと向かう。
「……こりゃ、また」
 イリアの心底楽しそうな言葉に対し、二人は目の前の状況を見て、ただ息を吐いた。
「何これ」
「喧嘩があったみたいだな」
「ワゴンが」
「どうせ『村』の奴に誰かが突っかかったんだろ。よくあることだ」
「『村』って?」
「えーと……」
 ウィルの問いに、イリアは口を閉ざした。少し考えるようなしぐさをして、さらりと言う。
「この島の先住民だ。けど、街と関わらないって聞いてる。理由は忘れたけど、街に来た『村』の連中は、差別されてる」
 そう言って市場を横切るイリアを、ティムとウィルは追った。
「これからどこ行くの?」
「俺の家に来い。どうせ無一文だろ? 今日の宿くらいには、なれる」
「本当?」
 イリアの嬉しい申し出に、ティムは叫んだ。自分はともかくとして、ウィルを野宿させるわけにはいかないと思っていたからだ。
「ああ、ウィルはリアの部屋で寝ればいいし」
「リア?」
「双子の姉だよ」
 イリアはそう言ったきり口を閉ざした。
 ティムとウィルは顔を見合わせ、それ以降は黙ってイリアについていく。
 しばらく歩き、民家の前でイリアが立ち止まった。
「ここが俺の家だ。まあ、遠慮することは無い。あ、リアはちょっと変わってるからな、気にすんなよ」
 それだけ言って、イリアは扉を押し開けた。ティムはイリアの言葉にどこか不安を感じながら、足を動かす。
「お帰り、イリア」
 家の奥から、どこか神秘的な声がした。
 ウィルが立ち止まったのを見て、ティムは戸惑う。
「ウィル?」
 声をかけても、反応は無い。
「そちらの二人は?」
 声が近づき、その主が姿を現す。
 ティムはその姿を見て、この人が『リア』なのだろうと予測する。イリアと同じ赤い髪に、赤い瞳。
 彼女はティムは見つめ、そしてウィルへと視線を移した。
「……え?」
 ウィルの姿を見て、リアは目を見開く。その反応に、ティムは驚き、イリアは楽しそうに口元を緩めた。
 ウィルは、きょとんとリアを見つめ返す。
 リアの唇が、小さく震えた。
「あなた、もしかしてウィル?」
 パチン、とウィルの中で何かが鳴り、ウィルは表情を強張らした。
「私を知っているの」
 消え入りそうな問いも、水を打ったように静かなこの場では問題なく響き渡る。
「知らないわ。『私』は知らない」
 リアの言葉にティムは首をかしげる。どういうことなのかと。けれど、口を挟める空気はなく、ティムは黙ってイリアを見上げた。
「けれど、そうね。ある意味では知っているの。でも、それをあなたに伝えることはできない。人の口から伝えられるほど、簡単なものではないから」
「……」
「知らないほうが良いこともある。どうしても知りたいなら、探すしかないの。探し物は、自分自身の手で探さなければ意味が無いから」
「どういうこと」
 ウィルの最後の問いに、リアは答えなかった。ただ微笑んで、ウィルの目を覗き込む。
「あなたをいつも夢見てた。会えて嬉しい」
 その言葉に、ウィルは首をかしげた。戸惑いを隠せず、ティムのほうを見る。ウィルの視線を受けたティムも、困ったように苦笑し、イリアへと目を向けた。
「リアは、この辺じゃ有名な予言者なんだ」
「予言者?」
 ティムの問いに、イリアは頷く。
「ああ、予言者。リアは、夢を見るんだよ」
 な、とイリアはリアを見る。リアは、微笑んだまま頷いた。その表情を、ウィルはじっと見つめる。ティムは、「夢」とつぶやいて、うつむいた。イリアは構わず続ける。
「望んだ夢も見れるし、望まない夢も見る。知ろうと思えば全てを知ることができる。ある種、神の力だ」
「神の力……」
 ウィルが小さく復唱した。姉を自慢するような口調のイリアは、楽しそうに頷く。
「リアは、ウィルを直接知らない。だけど、夢は何度も見てるんだよ」
 ウィルはじっとイリアを見つめた。彼が自分たちをここまで案内したのは、これが理由だったのか、と。真意のつかめないイリアに、ウィルは小さな警戒心を抱いた。
「それは……」
 ティムがうつむいたまま口を開いた。
「僕のことも、リアさんは知ってる……?」
「ええ」
 リアの言葉に、ティムの体がびくりと震えた。
「母さんのことも?」
「あなたのお母さんのことは知らないわ。けれど、周りを取り巻く環境は知ってる」
 淡々と、リアはつぶやく。冷静な声は、どこか冷たい印象を受けるけれど、ずっと聞いていれば誰でも温かさを帯びていることに気がつくだろう。
「教えては、くれないんだよね」
 泣き笑いのような表情を、ティムはして見せた。リアも、その表情に小さな笑みを返す。
「ごめんね」
 ティムはそれ以上何も聞かなかった。小さくリアに頷いて見せただけだった。
「おっと、悪いな。椅子も勧めてなかった。まあ座れよ」
 イリアの言葉に、ティムとウィルははっとした。そんなことも忘れて、問いかけることに夢中になっている自分をそれぞれ自覚する。一言断ってから、それぞれ座った。
「ところでさ、お前ら赤の一族は知らないか?」
 え? とティムはイリアを見る。視線を受け、イリアは話しはじめた。
「俺とリアはさ、最初アリナーデに住んでたんだよ。ラデンの隣国な、北隣にある。そこで、俺はふと思いつく。「俺たちの先祖は誰なんだ」ってよ。もちろん、リアに夢を見てもらえばすぐにわかることだった。けど、俺はそれじゃダメなんだよ。何か証拠が欲しかった。赤毛の連中は大陸全土にたくさんいるが、『赤髪』っていうのはいないんだ。俺やリアほど鮮やかで原色的な赤髪は。だから、知りたいんだよ。で、リアの夢を手がかりに、俺たちは今のこの島にいる。この島のどこかに、その一族が住んでたっていう話を聞いてからな」
「イリア」
 止まることの無いイリアの喋りに、リアが小さな声で制止をかけた。
 イリアはとたんに口を閉ざし、リアを見つめる。リアはイリアを無視して言葉をつむいだ。
「私達は、家を捨て、島へ来た。けれど手がかりは見つからない。何か知らない?」
 要約された問いに、ティムは安堵の息を吐く。そして、残念ながら、と首を振った。
「そっか、ま、しょうがないよな。お前らもう休んでていいよ。ゆっくりしろ」
 イリアの言葉に、二人は素直に頷いた。体を洗い、服を借り、夕ご飯を食べる前の一休みと布団にもぐる頃には、二人とも同様に意識を手放していた。
 後から様子を見に来たリアは、その眠りっぷりに苦笑する。
 ずれた布団を整え、物音ひとつ立てずに側を立ち去った。

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