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■神様の歌■第二章■第二話■

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 遠い空を見つめていた。
 高い山へ、三日に一度登り、遠い空を歌い手は見つめる。
 そして、そこで歌った。
 遠い空の下に住む人へ、確かに届くようにと。


 ひとりの少女と少年が

 守る世界がありました


 目指し進むは 森の奥

 ポツンとたたずむ 祭壇で……


「僕、その歌知ってるよ。子守唄でしょ」
 『村』の片隅で歌っていたラリスの元に、ティムが言いながら近づいてきた。
 ティムを驚いて見つめていたラリスだったが、次第にその言葉の方へと意識が向く。
「え?」
 ラリスの遅れた反応に、ティムは笑った。
「誰だったかな。小さい頃、いつも歌ってくれたの覚えてる」
 もしかして、母さんだったかな。とティムは空を仰いだ。記憶を手繰るように口ずさみ、ふと何かに気が付いたようにやめる。
「けど……、歌詞が少し違うような気がする。『世界の愛するその人が』じゃなかったかな」
 眉間に眉を寄せ考え込むティムの様子を見て、ラリスは問いかけた。
「そんなに古い記憶なんだ?」
「うん。ラデンに来る前かな。思い出せたら、スッキリするんだけど」
 そう呟いたティムを、ラリスはじっと見つめ、畳み掛けるように問いかけた。
「知らない方が幸せなこともあるかもしれないのに? 忘れてしまった記憶に、辛すぎる真実があったとしたら?」
「たとえ、過去を悔やんだとしても。―――僕は、知ろうとしたことを後悔したりなんてしない」
 にっこりとして、ティムはラリスを見つめ返した。ラリスはしばらくティムを見ていたが、やがて笑みを浮かべる。
「いいね、それ」
 そのラリスの表情を、優しくて、悲しそうで、消えてしまいそうな表情を、ティムは見つめていた。言おうか言うまいか迷い、口をあけたり閉めたりする。
「ねえ、ラリスって……」
「ティム」
 迷った末に、ティムが問いかけた時、ウィルがやってきた。ティムとラリスが振り返ると、ウィルは足の速度を緩める。
「イリアが来てる。ティムを呼んでた」
「本当? 今行くよ」
 ティムはすぐに返事をしたが、ラリスを視界にいれたとたん『あ、』と声をあげて固まった。
 その様子を見て、ラリスは微笑む。
「また後で」
 その言葉を受けて、ティムも笑った。
「うんっ」
 そんな二人のやり取りを、ウィルは見つめていた。
 ティムが立ち去った後、ウィルはため息を着く。
「やっぱり、二人とも上手じゃない。ううん、上手な人、ここにはいないかもしれない」
 ラリスは呟くウィルを見た。なんとなく、何のことを言っているのかがわかってきたため、あえて何も言わない。
「ところで、ウィルはどうしたの」
 ラリスが問うと、ウィルはじっとラリスを見る。これが、驚いている反応だということは、ラリスにもわかってきた。
「……ラリスとティムは、仲良い」
「そう? ボクらあんまり喋ってないよ? 顔もあんまりあわせないし、ほら、共通の話題、少ないから」
「……」
 黙ってうつむくウィルを見て、ラリスは首をかしげた。
「やきもち?」
「ヤキモチ?」
 からかいのつもりで問いかけた言葉を、逆に聞き返されてラリスは苦笑した。
 わからない、というように首を捻るウィルを見て、なんでもない。と返す。
 そんなラリスが不思議で仕方ないのか、ウィルは口を開いた。
「ちょっと、羨ましい」
「羨ましい? ボクとティムが?」
 ウィルは小さくうなずいた。
「遠くで目が合って、微笑みあったりしてるでしょう」
「……えっと」
 そういうのを、やきもちって言うんじゃないかな? 内心ラリスはそう思ったが、あえて何も言わない。
「ボクが歌ってる時に、ティムがちょうど通りかかっただけだよ。その歌を、ティムが知ってて、懐かしんでただけ」
「歌?」
 ウィルに問い返され、ラリスは頷き、口ずさんだ。
「……」
 黙って、ウィルは聞き入る。



「……」
 口元に手をやったまま何も言わないウィルを見て、ラリスは首をかしげた。
「どうかした? ウィル」
「その歌、私も知ってる」
 ウィルはたった今、初めてラリスの歌声を聞いた。
 毎朝、暗いうちからラリスは歌っていたが、ウィルはその時間帯には寝ている。けれど、聞き覚えのある旋律に、ウィルは呆然としていた。
「……本当?」
「歌詞が違う気がするけど、その旋律、私知ってる」
 ティムと全く同じことを言って、ウィルは瞬いた。
「どこの歌? 『村』の?」
「発祥はどこだろうね。大陸全土に広がってるし、広まりに広まって、いろんな歌詞のタイプがある。古くからある歌だよ」
 ラリスの返事に、そう、とウィルは肩を落とした。
 肩口から、さらりと音を立てそうな黒髪が、零れ落ちる。
「黒髪かぁ」
「どうかしたの?」
「いや、あんまり見ないから、しみじみと不思議な感じがして」
 ウィルの視線を受けながら、ラリスは首をかしげて呟いた。
「ウィルは、いったいどこの誰なんだろうね?」



 その日の夕食の時間だった、ダリスの家で揃って食事を取りながら、ソナタはじっとラリスを見る。
「ねえ、少し前から気になってたんだけどさ」
 ソナタの言葉に、全員が顔を上げる。結構な数に見られつつ、ソナタは続けた。
「ラリスって髪、染めてない?」
 驚いたように、ラリスがソナタを見た。ソナタに向いていた視線が、今度はラリスへと移動する。
「その髪の色、地より薄いわよね?」
「えっと」
「染髪は、ソナタ様もセイカ様も良しとされて無いわ。自分を偽るのは良くないって―――何?」
 ソナタの言葉に、ダリスの笑い声が重なった。
 何、とソナタが繰り返すと、ダリスが平然と言い放つ。
「そんなこと言われても、俺たちは神を信じないからな」
「えっ」
 うろたえたようにソナタはダリスを見る。
「そうなの? 『村』の人は、信心深そうに見えるけれど」
 ウィルがポツリと呟いた。
「縁起は担ぐ。いいことは多い方がいいからな。けど、神は信じない。神頼みなんてばかばかしい。そういう村だよ、ここは」
 この世界でそんな場所があるなんて、という顔をティムはしていた。ルースはいつもの仏頂面で、ダリスを見る。
「まあ、こうも大陸全土にひとつの宗教、信仰か? が、広まってたら信じない場所なんて無いと思うよな、普通」
 苦笑して、続ける。
「俺たちは神を慕わない。ソナタもセイカも関係ない」
 さらりと神を呼び捨てするダリスに、ソナタは一瞬、敵意さえ抱いた。けれど、そんなものは不要だとすぐに気付き、投げ捨てる。
 ふと、先日聞いたことを思い出し、問いかけた。
「あなたたち『村』の人は、ホーリー王家の末裔だって聞いたけど?」
「ああ、そうだ。ウィッチの末裔でもある」
「ウィッチ?」
 ソナタが眉を寄せる、ティムが思い出したように呟いた。
「リシアさん?」
「いわゆるお前たちの神様だよ。セイカ・ウィッチ。彼女は戦後行方不明になったが、その弟が、シェリア女王の妹君、ルシカと交わり、その息子が『村』の最初の長だ。娘はウィッチの長」
「嘘、じゃあ、あなたたち、セイカ様とも縁があるわけ?」
「ああ、そうなるな」
「……行方不明って言うのは?」
 ずっと黙り込んでいたルースが、口を開いた。
「さあな」
 ダリスの返事は、冷たい。
「とにかく、俺たちは神を信じない。戦争に負けた祖先を、崇めたりもしない」



 ラデンよりも過ごしやすい夏が過ぎ、冬が近づいてきていた。日に日に寒くなっていく空気は、どこか澄んでいて、ここが島であり、山奥であることを思い知らされる。
 村の片隅で、ルースは歌声に耳を済ませた。
 最初は、ラリスが歌っているのかと思ったが、次第に違うことに気が付く。さらに聞き続けて、誰かがわかった時、驚いた。
 歌声の主は、ティムだった。
 初めて聞くティムの歌声が、ラリスに酷似していることに、ルースは妙な気分になる。
 まだ声変わりを迎えていないティムの歌声は、とても透き通っていて、綺麗だった。
 けれど、その歌詞に込められた意味を、ティムが理解していないことを、ルースは知ってる。

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