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■神様の歌■第三章■第三話■

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 その日の夕方には国境にたどり着き、ひとまずルースは安堵の息を吐いた。
 賊に会わなかったことは救いだ。
 厩のある宿を探すと、一件しかなかった。フィーリを先頭に、三人は中に入る。
 宿の一階は酒場だった。ガラの悪い連中がどんちゃん騒ぎを起こしている。下品な笑い声が耳について、ラリスは眉をひそめそうになるのをかろうじてこらえた。
「ラリス、部屋を取って飯喰ったらすぐに上に行けよ。からまれてもこの人数だと助けられる自信はない」
 頭の上から聞こえたルースの声に、ラリスは慌てて首を縦に振った。
「二部屋、空いていますか?」
「……三人部屋でなくていいのか?」
「はい、二人部屋と、一人部屋で」
 無愛想な店主は、フィーリに金額を告げ、金を受け取った後で部屋の鍵を渡した。
「飯はどうする」
「こちらでいただきます」
 フィーリの言葉に、給仕婦が明るい声でこたえた。
 酒場の隅に座り、三人で同じパイを切り分けて食べた。肉とじゃがいもがはいっていて、なかなかおいしい。
 疲れから黙々としていると、男がルースの座る椅子に寄ってきた。
「にいちゃんたち、旅人かい」
「ああ」
「その頭、目立つぜ」
 ラリスはパッと顔を上げ、フィーリとルースを交互に見た、明るい金髪と、くすんだ金髪。マーリンもやはり茶髪が多いため、たしかに浮いていた。
「自分の髪の色は変えられないからな、染めてまでどうこうしようとも思わない」
 ルースの素っ気無い言葉に、鼻白んだように目を細め、男は突然ジョッキを二つ、テーブルの上に置いた。
「若い兄ちゃん、酒は強いかい?」
「……」
 ルースは無言でジョッキを掴み、一気に飲み下した。
「比べてみるか?」
 面白くなさそうに呟くと、男もジョッキを手に取る。
「料金は負けた方持ちだ」
「ああ」
 ラリスはハラハラとその様子を見ていた、フィーリを見上げると、彼はどこか嬉しそうで、穏やかにルースを見ていた。
 村でルースが酒を飲んでいた記憶は無い。ということは、年齢から考えて今の今まで飲んだことが無いということにはならないだろうか。
 なのに、飲み比べなどはじめてしまって……。
 不安にぐるぐるとしていると、ラリスの前にコップが置かれ、二の腕をごつい手に掴まれ引かれた。驚いて顔を上げると、男の連れが笑ってる。
「チビも飲むか? 若いうちから慣らしておいたほうが、後が楽しいぞ」
 その口調に戸惑った。まるで仲間の子どもに話しかけるような言葉で、親しみがわく。後から気がついたのは、これがマーリンという国民性なのだということ。
 髪の色のことでルースにからんだのはただのきっかけ作りで、、やはり酒場をひっくるめてみんなと陽気に飲みたかったからだろう。
 ラリスは笑顔で受け取ろうと手を伸ばすと、横から手が伸びて取り上げられた。
 顔を上げると、ルースが鋭い視線でラリスを見ていた。
「頼むから、お前はやめとけって」
 酒に興味があった覚えはないけれど、目の前に出されれば飲んでみたいという気になる。そこを取り上げられて、ラリスは苦笑した。
「だめ?」
「ダメに決まってる」
 そこへルースと飲み比べをしている男が割り込んだ。
「いいじゃないか兄ちゃんよ。何事も経験、弟にもちっとはわけてやれ」
 いいように、ラリスは一人苦笑する。やはり、まだ性別を偽れるのだと息を吐いた。
「一杯だけだぞ」
 しぶしぶルースが了承し、ラリスの手にコップを返した。自分はジョッキを一気飲みする。
 その様子を見て、ラリスは呆れた。この人、実はザルを通り越してワクなんじゃないかとさえ思う。手の中のお酒を口に運ぶと、すぐにラリスはコップを置いた。
 一口で大量に飲んだというわけでも無いのに、一瞬意識が遠のく。それでも、間隔をあけて少しずつ飲んでいった。ここでやめれば間違いなくからかわれる。せめて、ルースの飲み比べが終わるまで、ラリスはここにいようと思った。
 向かいのフィーリに視線をやると目が合った。彼は一瞬目を見開いてから、苦笑する。
「大丈夫ですか?」
 聴かれて、正直「うん」とはうなずけない。けれど首を振るのも癪な気がして、無視した。お酒はまだ半分も残っている。
 大きな音がして、慌ててそちらを向いた。男が突っ伏している横で、ルースが飄々とジョッキを手にしている。
「金髪の若い兄ちゃんつええなぁ! いくつだお前」
「十六」
 ルースが呟くと、周りがどよめき、突然笑いの渦になった。
「おい、きいたか、コイツ十も下の小僧に負けてやんの!」
「となるとあれだな、その酒の強さは家系かい!」
「大人びてんねぇ、もう少し子どもらしく生きたほうが人生楽しいぜぇ!」
 口々に勝手なことを言われ、不機嫌にしているルース。それを見て、フィーリとラリスは顔を見合わせて笑った。
「酒代は、約束だからな」
 ルースは呟いて、立ち上がった。
「ラリス、行くぞ」
 声をかけられ、慌ててうなずくものの、腰から下に力が入らない。初めて、自分が極端なほど酒に弱いのだと知った。
「あの、ルース」
 困ったように呼ぶと、ルースは盛大にため息をついた。
「だから言っただろ」
 ラリスの腹に肩を押し当てて、ルースはぐいとラリスを担いだ。
 周りの視線が居心地悪かったが、この際仕方ない。苦笑して、回らない頭で「ごめんね」と呟いた。
「あんたはどうする」
 ルースがフィーリに訊ねる。
「私はもうしばらくここで飲んでいますよ。ここの人たちはとても愉快で、楽しいですからね」
 その次の会話は、すでにラリスの耳に入らなかった。アルコールが体内を巡りきったかのようで、思考が闇の中に放られる。ルースの体温だけを感じながら、ラリスは強制的な眠りに落ちていった。

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