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■神様の歌■第三章■第三話■

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 フィーリにつれられて、ラリスは馬を借りることができるという場所へやってきた。
 ラリスとフィーリの姿を見つけ、馬の世話をしていた店主が、柵から身を乗り出す。
「やぁ、フィーリの旦那。今日はどうした」
 顔見知りらしいフィーリに、店主は笑顔で言った。
「馬を三頭貸していただきたいのですが」
 そう笑顔で言うフィーリに、店主は笑みを浮かべたまま彼を見る。あまりの長い沈黙に、ラリスは一人首をかしげた。
「この町で、お前に馬を貸す奴がいると思うか?」
「いやぁ、予想通りのお返事ですね。ありがとうございます」
 フィーリは踵を返した。呆気に取られているラリスの手を引いて、すたすたとその場を立ち去る。
 後ろから、店主の声が追いかけた。
「おい坊主! その男は陸なヤツじゃねえぞ! とっとと手を切れ!」
 ラリスはぽかんとして、フィーリを見上げた。
「馬もルースに任せましょう」
 頼まれた仕事をあっさり放棄して、フィーリは笑った。

 事の顛末を聞いたルースは、呆れて一つため息をついた。
「……」
 何か言いたそうにフィーリを見たが、結局何も言わずに店主の元に行き、二言三言交わした後、何かを見せすぐに戻ってきた。
「二頭買うことにした」
「買うんですか? それはまた……誰が払うんです」
「シエスタに払わせる。呼んでおいて勝手に国境を封鎖したのはあっちだ。―――あんたに買ってもらう必要は無い」
 会話についていけず、ラリスは疑問符が飛び交う頭に混乱した。どうして、シエスタに馬を買ってもらうことができるというのだろうか。そんなこと、できるはずも無いのに。
 ルースのいうことには、たまに驚くことが多い。
「それで、二頭というのは?」
 フィーリの言葉に、ラリスははッと顔を上げた。
「人数と合いませんが」
「それは、ボクが乗れないから―――」
 ラリスが名乗り出たが、言っている途中で気が付く。
 それが、意味すること。
「俺の馬に乗せる。あんたには、マーリンに行きの街道で護衛をしてもらいたい」
「わかりました」
 そのやり取りを聴いて、ラリスは焦ってフィーリを見上げる。
「……」
 フィーリは満面の笑みで、ラリスの視線に応えた。

 馬に乗る段階で、ラリスは躊躇した。ルースは眉をひそめて訊ねる。
「楽しみにしてたじゃないか」
「うん、乗るのはね」
 言葉を濁すも、ラリスは小さく息を吐く。女々しい自分が滑稽だった。
「ほら、早く乗れ」
 急かされて、しぶしぶ手を伸ばす。すんなりと、とは行かなかったが、何とか馬の背中に収まった。すぐにルースが手を伸ばし、ラリスの後ろに収まって手綱を取る。ルースは振り返り、フィーリに一声かけた。
「行くぞ」
「はいはい」
 笑みをこらえた声に、ラリスはフィーリを睨んだ。
 ラリスはなるべく背後を意識しないよう、背筋を伸ばし、前だけを見続けた。道中自分が無言だったらこの旅はどうなるのだろうと一瞬思ったが、その心配は不要で、それがまた気に喰わない。フィーリとルースが、絶えずシエスタのことを話している。
「それなら、スティール王女も困っただろう。誰がとりなしたんだ」
「クロウとか言う男ですよ。彼が陛下に直訴しました。何の経歴のないのに、なぜだか強大な権力を持っていて、馬鹿な―――おっと―――考え無しの陛下も、その男には逆らおうとしないんです」
「……変な話だな」
「変と言えば、容姿も変わっていますよ。子どもの頃から白髪で、パッと見老人かと思うほどです。目も灰褐色で、気味が悪い。……武官は武官らしく、王族の身辺警護や国内の治安維持に備えて警察と組むことだけ考えていればいいんですが、これでも名門貴族の端くれなので、政治にもいろいろ探りを入れていますよ」
「名門貴族なの?」
 ラリスが口出しすると、フィーリは肩をすくめて笑った。
「ご存知ありませんか? シエスタのセイクリッド家。シエスタ貴族の筆頭です。最近、次期家長が婚約したとか。まあ、私の親戚です。血が繋がってるかどうかも怪しいですけどね」
「ルース、知ってる?」
 下から見上げられ、ルースは小さくうなずいた。
「というか、シアの嫁ぎ先が……」
「そうそう、今では唯一の、国を越えた婚姻が認められている貴族同士ですよ。ラデン貴族筆頭、フィラデリス家とね」
「そうなんだ……」
 目を見開いて、ラリスは呟いた。驚きのあまり、続く言葉が出ない。
 あんな陽気な人がシエスタに嫁ぐと聞いて、不思議な感じがした。
「まぁ、私の家は落ちぶれていますけどね。ですから、外を回って見聞し、その情報を王家に伝える仕事をしているんです」
「そういうのって、間諜とか、諜報? 情報部の仕事じゃないの……」
「言ったでしょう。落ちぶれているんです。たった一人の家族を生かすためなら、なんだってしますよ」
 突然の真剣な声音に、ラリスは静かに首をかしげる。
「たった一人の、家族?」
「ええ、聴きたいですか?」
「聞かせてくれるなら是非」
 ラリスに微笑みかけ、フィーリは穏やかに語り出した。
「両親は数年前に他界しました」
 フィーリはラリスとルース、順番に目配せして言う。
「年の離れた妹がいるんです。年は、もう十三になったでしょうか。私に良く似た青い瞳は常に楽しそうで、見てるこちらまで嬉しくなるようですよ」
 フィーリの言葉に、ラリスはクスクスと笑った。
「妹さん、大好きなんだねぇ」
 答えず、フィーリは笑顔を返す。
「金髪は私のようなくすんだ色ではなく……そうですね、ルースの色に似ているでしょうか」
 言われて、ラリスはルースを見上げた。かち合った目が、不機嫌に潜められる。
「うん、ボク、ルースの金髪好きだな。だって、まるで―――」
 ラリスの言葉が、不自然に途切れた。
「まるで?」
 フィーリが促すが、ラリスは慌てて首を振る。
「な、なんでもないっ、なんでもないよ! なんだっけな、ど忘れしちゃった」
 鎖のかかる首、モチーフのある胸元を、ラリスは強く握りしめた。笑顔で誤魔化そうと、必死に繰り返す。
「気にしないで―――」
「まるで」
 突然響いたルースの静かな声に、ハッとラリスは顔を上げる。
「まるで、『お星様みたいだ』―――か?」
 あざ笑うような声だった。ラリスは息を止め、目を見開いてルースを見つめる。
 胸元を握る手の力が、増した。
 フィーリは黙って、その様子を眺めていた。
 ラリスはただ、目を見開いてルースを凝視する。まるでそれしか知らないように、それが義務だと言う様に。ただ、ルースを見上げていた。
 やがて、ルースが片手をラリスの頭に乗せた。びくりと、ラリスが震える。
「……」
 ルースは無言でラリスの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。
 ラリスは、自分の手を伸ばしてルースの服を掴んだ。
 泣きそうに顔を歪め、けれども泣かずに、ラリスはうつむいて言う。
「……ごめん」
「何が」
 ルースの苦笑に、ラリスもつられて頬を緩めた。ラリスの頭に乗っていたルースの手が、彼女の肩を抱いた。驚きはしたが拒絶はせずに、ラリスはそのまま目を閉じる。
 一連のやり取りを、口出しせずに見ていたフィーリは嬉しそうに微笑んだ。
「私は、あなたたちがいい」
 別の二人なんて、いやですよ。小さく呟かれた言葉は、二人には届かない。

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