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■神様の歌■第断章■第2話■

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 入隊してから三年。かつて、一度も出ることの無かった一族の屋敷郡、王立学校での個別指導も終わり、聖騎士としての日常にも慣れ、初めて作る人間関係、つながりに、殺した心が緩み始めた。
 二人の王女は温かく、六つ年上のシェリア王女に淡い恋心を抱くせいもあるのだろう、笑いたいときに笑うようになっていた。無邪気なルシカ王女に、救われることも多々あった。
 太陽の光のような、暖かな茶の髪を持つ姉妹。その瞳は、暁の色。
 二つ年下のルシカ王女が、訓練を終えた俺の元に駆け寄る。
「ディル、あの、明日っ」
 つっかえつっかえ、顔を真っ赤に染めて、彼女は言う。結局言葉に詰まって止まった後を、しかたなく引き取った。
「ルシカ様の誕生式典が、どうかなさいましたか?」
「ああと。その、終わった後で、よいのですが―――って、ディル」
 ルシカ王女が、咎めるように名前を呼ぶ。俺は苦笑し、少しだけ声を落とした。
「駄目だよルシカ。―――私は騎士で、貴方は王女だ」
 そう言っても、しばらくルシカ王女はこちらのほうを見なかった。ちらりと視線を動かして、顔をあわせる。
 俺たちは同時ににっこりした。
「それではルシカ様、お休みなさい」
「へ? あ―――、うん。ディル、……殿も」
 二人は反対方向に歩き出す。俺は、何度も何度も振り返るルシカに気付かない。
 彼女がどんな思いを抱えてるかなんて、考えもしない。



 俺の所属する聖騎士の軍団、『セイクリッドナイツ』は、ウィッチ家と対を成す白の一族、セイクリッド家の長男を、代々隊長とする隊だった。
 時折実力を持って隊長まで上り詰めるセイクリッドの者もいるが、現在の隊長はいわゆる『飾り』。
 名を、俺は知らない。興味が無く、耳にしたことも無かった。とにかく隊は実質、セイクリッド家当主の右腕である、名も無き青年が取り仕切っている。彼の名は、誰も知らないのだと、聖騎士の同僚、友人であるジーンから聞いた。
 そんな名前だけの隊長から、その日呼び出しをうけた。屋敷で取り次ぎ役から話を聴き、内心で首をかしげる。
 その場で問い詰めることはせず、明るく返事をした。
「明日ですね。わかりました。必ずお屋敷に向かいます。と」
 取り次ぎ役が下がった後に、はた、と思い出す。
「ルシカ、怒るかな……」
 けれど、隊長からの命であれば仕方が無い。そう諦めた。



 王都において、黒の一族であるウィッチと対となる位置に、白の一族は居を構えていた。
 王都を縦断し、城のある丘と門を繋ぐ大通り、その丘を守るようにある、東西大通りをはさんで存在する両一族の屋敷郡。
 西側、白の屋敷郡のうち最も大きな長の屋敷へ、俺は向かっていた。
 ルシカの誕生式典が執り行われている城や、それを理由にお祭り騒ぎとなっている城下。それでも変わらず、静かな白の屋敷郡の中を歩きながら、遠い喧騒を耳にしていた。
 目的の屋敷近くになり、視線を上げると、そこに見覚えのある人物がたたずんでいた。おもわず、駆け寄る。
「……っ」
 右腕、名も知らない青年を前にして、言葉に詰まる。なんと声をかければ良いというのか。
「待っていた」
 従者にしてはぶっきらぼうな物言いに、面くらいながら、向けられた背中を追う。
「あいつが待ってる」
「何故、私は呼ばれたんですか?」
「あいつが、会って話したいと望んだからだ」
 答えは不明瞭で、簡潔すぎ、さらに問える隙も無かった。
 青年は屋敷の奥へ奥へと進む。つくりは俺の住まう黒の屋敷と左右対称で、この道筋は、父の部屋へと続くものと同じだとわかった。
「どうぞ」
 部屋の前まで着たとき、青年はそれだけしか言わなかった。え、と振り向いても、ただ扉を指し示すだけ。
 どうやら、彼は部屋まで入ってはこないらしい。
 察した俺は、一つうなずいてノックした。すぐに、扉の向こうから「入ってくれ」という言葉が返ってくる。
 一瞬扉を開くことを躊躇する。脇から青年の手が伸び、静かに扉は開かれた。
 部屋の中にいる人物を見て、目を見張る。
「わざわざありがとう。ディル・ウィッチ、姫君たちの騎士よ」
 全ての家具が白に統一された部屋。
 窓辺にたたずむ、真っ白の髪、灰褐色の瞳。儚げな風貌の、白い顔の青年。
 真っ先に、名を問うた。
 白の青年は、穏やかに笑む。
「本当は、君を呼び出す資格なんて、無いんだ」
 え、と俺は目を見開く。
「まして、名乗るなんて、許されない」
 位としては、同じ格を持つ家同士。ただ、そのうちでの地位は明らかに違う。
 王族に次ぐ権力を持ちうる、白と黒の、両当主。
 そんな彼が、今、何故、俺に対してそんな態度を取るのか。
「ごめんな、ディル」
 話が見えない俺の前で、白の当主は頭を下げた。ごめん、と、重ねて呟く。
「わかりません」
 そう答えれば、
「それでもごめん」
 と、まるで、泣いているような声で。


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