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冬休みが明け、学校にきて一日目、まず違和感を覚えた。
その違和感は、三日経つと焦りに変わっていた。
放課後、静かになった教室内。いつまでたっても消えない、体のうちから焦げ付くような焦りに眉をしかめ、窓際にある自分の席から窓越しに外を眺める。人が側に立った気配がして、素早く顔を上げた。相手の顔を確認すると同時に、何やらひどい落胆がやってくる。
「いつまで黙ってるつもりなの」
「何が」
「天南のこと」
委員長は目を吊り上げて流河を見ていた。天南、と名前を聞いて、ぴくりと体が反応する。あまな。口の中で呟いて。もう一度、「なにが？」と問い返した。
「冬休み、何かあったの」
呟くように問われたそれに、流河はなにも返さなかった。だって何も無かった。
冬休みが明けて三日間。
天南は学校に来ていない。
その理由を彼女から聞くすべを、流河はもっていなかった。連絡手段はないのだ。天南も流河も、お互いに携帯電話をもっていない。
加えて、流河は天南の家の場所も知らない。いつも、ここでいいからと天南は言ってすぐに走り去ってしまう。
（会いたいな）
窓に寄りかかり、目を閉じて、祈るように心の中で呟く。早く、学校に来ないかなと。
「ねえちょっと、流河！」
声をかけられて、ゆっくりとまぶたをあげる。そこにはまだ委員長がいた。
「あんた、さっきの先生の話聞いてた？」
さっきの？
瞬いて、首をひねる。呆れた、と、委員長の口が動いた。
「……本人の希望で」
きょとんとまたたく流河の顔を見つめて、委員長は言う。
「事前に知らせることはしなかったけれど、二学期いっぱいであの子」
ふと、嫌な予感がわき上がった。
「転校したって」
ぶわりと、体全身の血が逆流するかのような錯覚に捕われた。
「な、んで……」
「しらない。先生にも聞いたけど、先生も詳しくないみたいで、家の都合とか」
『ごめんねりゅうが』
大晦日のあの日の、あの言葉が、全く別の意味を持って流河の中で響いた。がたんと立ち上がって、ストンと座る。顔を覆った。意味が分からなかった。
気遣うような委員長の存在も煩わしく、煩わしいといった感情もなじみないものでどうして良いかわからない。
「ずっと、黙ってたことがあるんだ」
口に出すと、思いのほかその言葉は掠れていた。
「期限付き、だったんだ」
そう囁くと、委員長はすぐに言葉を返さなかった。とても長い時間をかけて、彼女は流河の言葉を咀嚼し、それでも結局、「は？」と聞き返す。
「今年いっぱいか、長くて二月いっぱいまで、自分を俺の彼女ってことにしてくれないかって。そう言われて、俺たちつき合い始めたんだ」
今に至るまでちっとも気に留めず触れないようにしていたもの。最初のきっかけ。大切になってからは、怖くて掘り返せなかった、最初の言葉。
「どういうこと」
「俺もよく知らない。あまなには、どう言うことか結局最後まで聞かなかったから」
「どうして」
怖かったと口にするのは、あまりにも情けなかった。幼なじみを前にして、流河は目をそらす。なのに、この幼なじみはあっさりと当ててしまう。
眉を寄せて、力一杯。
「この、ばか！」
罵られても、流河は言い返さずうなだれた。
「嫌われてない、自信はあったんだ」
ぽつりと言う。嫌われてない自信はあった、でも、好かれているという自信はなかった。期限付きの関係で、惹かれて、抱きしめて、幸せで、あまなも笑っていたから、きっと同じなのだと期待した。あえて聞くのは怖かった。
でも、答えは今、もう出ている。
「このまま、なかったことにするつもり」
委員長の言葉が響いた。
「事情を知るべきだわ。あの子も何やってるのかしら！ 天南ったら、これでいいって勝手に決めちゃったのねあの馬鹿！！」
流河よりも委員長が怒っていた。その事実に流河は困惑を隠せない。その表情に、委員長は泣きそうな顔で笑う。
「あんた、天南とつき合ってから、いろんな表情するようになったのよ。自分でわかってる？」
流河は困ったように笑みを返す。
「昼の間は起きてるのか寝てるのか分かんない様子で、ただそこにいるだけだったのが、とても楽しそうにするようになったの、本当に分かってる」
知ってる。と、流河は言って微笑んだ。委員長につられそうになりながら、知ってるよ、と繰り返す。震えた声を、委員長は聞かなかったふりをする。
モノクロだった昼の世界が、天南が視界に入ってくると同時に形を変えた。色を変えた。
そんなもの、君がいなければなんの意味も持たなくなるというのに。
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