天変地異でもなんでも起きれば良い。それで世界が変わるなら、何も惜しくなどない。
罪悪感にキリキリと苛まれながら、ぎゅっと拳を作る。ああ、だって大切なのだ。どうしても欲しかったのだ。
けれどその代償は、想像していたよりもあまりにも大きすぎた。
ただそれだけの話だった。
だって、こんなに幸せだなんて思わなかった。
「あまな」
呼びかけに、「なあに」と囁くように答える。
深夜の河原、流河は珍しく空を見上げること無く、天南と二人、寄り添うように座っていた。
流河からもらった上着の前を合わせて、やはりそれ以外の防寒具を持っていないため流河のマフラーを巻いて。
天南は、流河の肩に頭を乗せていた。
もうすぐ年が変わる。クリスマスという恋人たちの一大イベントから、年越しというまたまた一大イベントまで、たった五日。その幅は毎年変わらないはずだけれど、今年初めて短く感じられた。
流河は結局、何も言わなかった。
いつ頃からだったか、関係がぎくしゃくし始めたように思う。天南は、そしてきっと流河も、一緒にいるのは幸せだったし、星を見るのも楽しかったし、学校で話している時には何も感じないのだけれど、ふとした沈黙の折り、流河が言葉を探しているような、天南にはそんな気がした。
彼が何を言おうとしているのか、天南には分からない。
けれど、何かを言おうとしているのは分かる。
分かっていながら、天南はそれを指摘しなかった。「なあに?」と一言促せば、きっと流河は楽に口を開けるだろうに、天南がそれをさせなかった。
(わたしみにくい)
心でぽつりと思って、寄り添う流河へ、少しだけ体重をかける。
「どうした?」
小さな声で、流河が呟いた。その視線は空ではなく、天南にむけられていた。そんな些細なことに気がつくたび、天南は叫びだしたくなる。
(だって、こんなに、大切にしてもらえるなんて思ってなかった)
望んだのは、その隣にいれる理由だけだった。空に夢中で、片時も目を離すことのない流河の、そば。その背中を見ながら、追いかけても許される理由。
彼の方から伸ばされる手など、一度も望まなかったのに。
その手は当然のように伸びてきた。
天南が単に流河の内面を見誤っていただけなのだけれど、それでも、勝手なことに、こんなはずじゃなかったのにと天南は思う。
(こんな、つもりじゃなかったのに)
「天南、あけましておめでとう。今年もよろしく」
頭上から囁かれた言葉に、天南は流河に加えていた重みを更に増やす。ぴくりとも動じない彼に、むうと唸りながら。
「ん……。あけまして、おめでとう」
続きは、言えなかった。
目を閉じると、流河の頬が、天南の頭に当てられた。手を伸ばして、ぎゅっと抱きつく。そのままの状態で、問いかけた。
「ね、流河。チョコ平気?」
「ん?」
なんのこと? と言うように聞き返され、答えようと口を開いた時、唐突に恥ずかしさがわき上がった。
(うわあうわあうわあ!)
答えられず流河が「どうした」と聞いてくるが、天南はそれどころではない。たまにあるのだ、突然、恋人らしいことをしているとわき上がってくる羞恥心が。
「ちょ、ちょっとはやい、んだけども。ええと、その」
しどろもどろで言葉をつなげていく天南へと、流河はじっと意識をむける。
「バ……」
「ば?」
「ばれんたいんちょこ、の、おはなしです……。ああああ恥ずかしい……!」
恥ずかしいだけ消え入りそうな声で言ったため、最後はなんだか「あああ」と叫んでいるだけのような形になった。流河はくつくつと笑う。
天南がテンパっている場面になると、流河は必ずくつくつと楽しそうに笑うのだ。
「どしたのいきなり」
「どうもしない! もう!」
余裕な表情に八つ当たり気味に拳を作ると、背中にぶつけた。それで流河はくつくつと笑う。流河がこんな風に体全体を使って笑うのは、とても珍しいから、きっとつぼにはまったのだろう。天南としては全く面白くない。もう! と言って、体を離し、カバンから包みを取り出す。
「はいこれあげる!」
叩き付けるようにして流河に押し付け、立ち上がる。え、と戸惑う流河を前にして、天南は仁王立ちとなった。
「あげるっていったの」
「ありがとう」
なぜだか首を傾げつつ言う流河を、天南はじっと見つめる。
しばらくして、天南はその場に寝っころがった。
「……りゅうが」
「んー?」
空を見始めた流河に、邪魔にならないようにと思いながら声をかける。
「ごめんねりゅうが」
「別に、痛くなかった」
空を見始めたとたん受け答えが素っ気なくなる彼の様子に、思わず笑みを浮かべた。
泣きそうな、笑みを浮かべた。
「違うよ、流河」
唇は確かに動いたけれど、大気をふるわすことなく、ただ、白い息が霧散する。
「ごめんね」
泣き笑う。流河は気づかない。天南は顔を覆う。たまらなく遠かった。そばにいるのに、天南と流河は遠くにいた。
|