「つき合ってるの?」
最近、そう聞かれることが増えた。といっても、面と向かって聞いてくるほどの仲である人間など、限られているが。
「うん、一応」
いつも、はにかんで笑って答える。期限付きだけれど、誰にもそれを言ったことはない。
相手が何を考えているか、分からない。それでも、その隣が心地いいから。
そこで思考を止めているのだ。
「天地がひっくり返ったなぁ」
流河の前に座って、しみじみと男子生徒は呟いた。そこまで言うほどのことか、と流河はかすかに眉を寄せる。
「うるさい。たかが友人A」
「ひっでえ」
流河の言葉には、けたけたと笑いながら相手にしない。性格のいい人間だけれど、たまに相手にするのがめんどくさくなるほどの世話焼きでもある。委員長といい勝負だ。
その世話焼きな友人Aと、委員長が今、並んで流河の前に立っているのである。
そもそも流河はいつものように天南を誘って帰るつもりだった。なのに、直前になっていきなり友人Aに声をかけられ、今日は流河とは一緒に帰れないという旨を友人Aが天南に伝えた。
天南は笑って教室を出て行ったけれど、流河は放課後、ストーブもつけられない寒い教室で、友人Aと委員長の前に座らされているのだった。
(意味が分からない)
ため息をついて、窓の外に視線を投げる。だんだんと暗くなっていく空に、ああ、今晩はどうしようかなぁなどと考え始める。
「ちょっと!」
委員長が声を上げた。なんだよ、と顔を上げると、なんだか委員長も友人Aも真面目な顔をしている。
流河が首をひねると、まず委員長が口を開いた。
「あれから一週間経つけど」
あれから? 更に流河が眉を寄せると、友人Aが口を挟んだ。
「天明寺と流河がつき合い始めてから」
ああ、とうなずく。それで?
「どうなの」
「どうって」
「ちゃんと彼氏やれてるの?」
委員長の質問に、流河は肩をすくめるしかない。そんなことは、天南に聞かないと分からないだろう、と。
「俺は楽しいけどな」
ぽつりとこぼすと、友人Aと委員長は顔を見合わせた。そして委員長はにっこりとして、そう。とうなずく。
「楽しいの」
「まあ」
あの子を見ているのは、なんだか面白い。じっと見てくることはあるけれど、邪魔をして欲しくない瞬間は絶対何もしてこない。
そばにいて、ひどく心地が良い。
「大事に、してくれる」
友人Aと委員長が瞬いた。「天南が、あんたを?」と、委員長が問いかけてくる。「違うよ」と苦笑した。
「俺が大事にしてる物を、あまなは、大事にしてくれる」
だから、と、流河は続けた。
「俺も、大事にしたい。そう思えた」
友人Aと委員長の方を向いてそう答えると、なぜだか友人Aと委員長は顔をそらした。何とも言えない微妙な表情をしていて、よくよく見れば口元が緩んでいるようにも見えた。
「もう」
「知ってる、お前そう言う奴だわ」
流河の方を見ないまま、二人はそう言った。「そゆとこ、反則くさいんだよなぁ」と、友人Aが苦笑する。流河は意味がわからず、委員長をじっと見た。けれど、彼女は流河の方を見ない。
「やっぱりとは思うけど。自覚、ないのよね」
何が。と流河は首を傾げてみせた。うん、と委員長が笑む。
「あのね、流河。あんたね、とっても優しい顔をするのよ」
言われて、流河は瞬いた。分からないでしょうね、と委員長は優しい目をしたまま、うなずく。
「例えば、空の話をしている時。とても優しい顔をしてるの。いつものポケッとした顔とはどこか違う、すごく優しい顔」
それでね、と委員長は続ける。彼女は友人Aの方をちらりと見て、やはり笑顔の友人Aは続きをどうぞと彼女を促す。
二人とも、優しい目をして流河の前に立っている。
「例えば天南の話をする時。とってもとっても、優しい顔をして、そうして、とっても甘い表情をするの」
「なあ流河、天南のことを思うと、何を感じる?」
友人Aに問われて、流河は首を傾げた。そんなものは知らない。そんな流河の態度を見て、委員長は苦笑する。「だと思った」と、肩をすくめて笑ってみせた。
「ねえ、流河。どうかお願い。天南を悲しませないで」
分からないで、すまされないこともあることを、覚えていて。
そうして、帰りましょうかと促される。よくわからないまま、流河は席を立った。少しして、まぁいいか、と自分の中でけりをつける。
言われたことは忘れない。けれど、分からないことで悩んだりはしない。いつものスタンスを、突然崩すことはできない。
ああだって、流河も天南も言っていないものだから、誰も知らないのだ。
流河と天南、二人の関係が、期間限定であることを。
いつ終わるかも、流河は知らない。ただ、天南が嬉しそうに笑っているから、いつまでという期限を口にさせるのが嫌だった。
それでも変わらない事実なのは、終わりのある関係であることなのだ。
廊下に出る二人のあとを追いながら、ふと思い出す。
『俺が、本気になったら』
なったら。
「引き止めても、良いのか」
これでおしまい。短い間だったけれど、ありがとうと言われたら、こちらから、この関係の続行を提案しても良いのだろうか。
だってあのとき、彼女はそうだね、と言った。でもありえないでしょうと良いながら、そうだねと確かに。
「ん?」
友人Aが振り返った。なんでもないと、流河は首を振る。気づいた委員長も振り返り、なあに? と眉を寄せた。
「怖い顔してるわ」
言ってから、ああ、違うか、と呟かれる。
「怖がってる顔、してるわ」
指摘され流河の表情が固まった。
(これだから、こいつには敵わない)
少しふてくされた気分で、流河はそっとため息をつく。
幼なじみのお隣さん。一番近くで流河を見てきた女の子。流河のちょっとした表情の機微に、この人は気づいてしまう。
一度だけ強く目を閉じて、窓の外を見る。外は大分暗くなっているけれど、星はまだ出ていない。
けれど、世界はしっかりと流河の視界に入った。
想うなら、世界を見なければいけないと知っていた。
そうして、引き止めたいのだと気づく。ずっと隣にいるわけではない天南を、そばに。
ともに日々を過ごす。終業式を終えて、クリスマスを過ごして、年末、年が変わるときに一緒にいる約束をして。
深夜に会って、奇妙な付き合いはじめではあったけれど、優しい日々だった。
大切な日々だった。
そんな日々を無くしたくないと想うあまり、いつからだったのか、見てみぬふりをしていた。
彼女の笑顔が時折陰ることに、気づかないふりをしていた。
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