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■天体観測■流河 はじまり■

■7■
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 あぁ、爆発した。
 化学の実験で、予想通りの結果を引き出せたときと同じような気持ちを味わいながら、流河はじっと天南を見下ろす。
 月曜日、全ての授業が終わり、さあ掃除だ、帰宅だ、部活だ、と教室内がにぎわう中、流河は天南の机の横に立っていた。
 顔を真っ赤にして、カバンのとってを両手で握りしめたまま固まってしまった天南は、視線をあちこちへと動かしながら、流河に何かを言おうとしている。
 流河は、「帰ろ」と彼女を短く誘い、その返事を待っている所だ。教室中の視線を浴びていることに関しては、特に気にしない。じろじろ見られるよりは、思い切り見られる方がいっそ清々しい。が、そろそろ掃除の邪魔になるのではないだろうか。
「あまな」
「あう……」
 呼びかけに、天南は顔を伏せて、カバンを肩にかけた。そのまま歩き出す様子に、流河は少しだけ眉をしかめる。例によって、防寒対策をなにひとつしていないのだ。上着もやると言ったのだから着てくれば良いものをと、ため息をつく。そのため息の意味が分からなかったのだろう。天南は、うん? と首を傾げてみせた。
 外気にさらされる首元を見て、流河はまいていたマフラーを外し、その首に巻き付ける。再び固まりそうになる天南の肩を叩いて、帰ろうと促した。
 教室を出る直前に、ふと、本当に何となく、流河は教室内へと視線をやる。
 委員長と、目が合った。
 きつめの眼差しに、ピンでとめられた前髪。
 昼休み、生徒総会の資料を作っているときに彼女ができた、と、言うと、ひどく驚かれたことを思い出す。驚いていたけれど、納得したように。多少は努力しなさいよ、と。何故だか嬉しそうに微笑んだ委員長を、思い出す。
 すぐに視線を天南にやって、彼女と並んで歩き出した。ちらりと隣を見ると、天南があわてて前を向く。見られていたらしいと分かり、そのまま見ていると、ゆっくりと天南が流河を見上げてきた。目が合って、彼女が笑う。
 流河が巻き付けたマフラーに顔を埋めて、
「これ、ありがと」
 笑う。
「あったかい」
 それはよかった。
 流河がうなずいて、天南を見ていると、再びこちらを見た天南が今度こそ赤面して停止した。ちょうど階段にさしかかったところでだったため、あわてて腕を掴んで引き寄せる。
「は、反則!!そんな、とこで、いき、いきなり!!」
(何をいっているんだろうこいつは……)
 少し心配になりながら、手を離す。天南はふらふらと手すりにすがって、もう! と叫んだ。

 努力をしろ、と委員長に言われた。
 ならば流河はここで、どうすれば良いのだろう。
 途方に暮れる流河をよそに、ああもう、と天南が両手で顔を覆っていた。

 変なところばかり見られている。

 月曜日、帰り道、流河の方から誘われ、一緒に下校中の天南は、あああああ、と両手で顔を覆った。これで今日何度目だろう。
 知っていた。なんだかんだで優しいところ。そこに他意はないこと。むしろ何も考えていないこと。ただ、思ったことを行動に移しているだけであるということを、知っていた。
 けれど、そのとんでもない威力は何だろう。教室で堂々と一緒に帰ろうと誘ってくるし、あまつさえマフラーを自ら巻いてみせる。あれは恥ずかしかった。死ぬかと思った。
「もう!」
 天南は小さく叫んだ。ちらりと流河がこちらに視線をやったが、すぐに前を向く。その顔には、ありありと「女子は難しい」と書いてあるのだ。言われてないが、見れば分かる。
 そして決め手は階段を下りる直前のあれだ。あんなの卑怯だ。
 あんな、……あん、な。
 天南は思い出して、赤面した。冷たい両手で冷やすけれど、なかなか熱はひかない。とうとう流河が立ち止まってしまった。
「大丈夫か?」
 呆れているようにも見えるけれど、心配してくれているのだろう。その辺で休む? とまで聞いてくる。慌ててぷるぷると顔を横に振り、歩を進める。流河は少しだけ遅れたが、すぐに追いついた。コンパスの差というやつだ。それなのに、気がつけば天南に合わせてくれているのが不思議である。
「なんか、今日、ちょっと変で、ごめんね……」
 小さな声で言うと、いや、と流河が返す。彼は正直ではあるが、こういったところで「うん」とは決して言わないのだ。本気で気にも止めてないのだろうから。
「見てて面白い」
 見られているらしい。はぁ、と天南はため息をついた。ちらりと流河を見上げて、目が合って、息をのむ。ものすごい勢いで顔をそらした。
 そらしたけれど、もう遅い。顔が熱い。苦しい。心臓痛い。
「だか、ら」
 それは、
「反則だって言ってるじゃん!」
 体ごと流河にむけて、力一杯叫んだ。
 きょとんと瞬く流河に、ああ、もう、私馬鹿、と心底から思う。
 だって、流河が悪いのだ。
 無表情で、顔をしかめたり、呆れてみせたり、不思議そうな顔をしたり、そんな薄い反応の中で、あん、な、

 あんな風に、柔らかい、優しい顔なんて、するから。

「ええと……」
 困った顔で、どうしようかと思案している。ああ、迷惑をかけているなぁと、天南はいたたまれなくなる。
 お前にはついていけないから、あの件はなかったことになんて言われたら。
「反則って?」
「いっ」
 状況把握をこんなときにしなくても良いのに!
「不意をつかれて、パニックしただけ……。流河気にしなくていい」
 気にしなくていいよ、と念を押すと、彼はそれ以上追求してこなかった。
 ぼんやりと、「俺、あまなの不意なんてついたかなぁ」とひとりごちている。

 はぁ、と天南はため息をついた。ふと、流河が空を見上げた。
「ああそうだ」
「ん?」
「今日は星、別のところで見るけど」
 あまなはどうする? と彼は聞く。
「ん。わかったいつもの河原で待ってるから、連れてってくれる?」
「上着、着てたらな」
 了解、と、笑ってみせた。

 たまらなく、優しい日々だと、思った。

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