「だめ……、かな」
なんというか。
だってそれは、意味が分からない。
「彼女って」
「うん」
「具体的に、どうしたいの」
「どうも! どうもしない!!」
慌てたように、天南が顔を上げた。その顔は真っ赤で、目にはうっすら涙がにじんでいるように見える。
「く、クリスマスに会ったり、バレンタインにチョコ受け取ってくれたりするだけで良いの。だって流河はどうせここでいつも星を見てるでしょ。そこに、私が勝手にくるの。とくになにも。それだけ」
早口で告げられたため、流河はしばらく沈黙した。ゆっくりと天南の言葉を脳が咀嚼する。そんな流河の様子を、天南が今にも爆発しそうな顔で見ていた。
「つまりそれは」
「う?」
身を屈めて、天南の顔を覗き込みながら、首を傾げた。
「俺が本気になったら、あまなになにしても良いってこと?」
あぁ、爆発した。と、流河は天南の様子を見ながらぼんやりと思った。
「な、そ、れは」
ひとしきりうろたえ、だんだん落ち着いてきたあとでようやく、天南はしおれるように顔を背けた。
「そうだね」
その上で、笑う。
「だけど、そんなのあり得ないでしょう?」
しおれて、笑った。ね? と、君だって分かってるでしょうと、天南は笑う。だから、流河はうなずいた。
「まあ、そうだな」
それを受けて、天南は、やっぱり、とまた笑った。軽い声を上げて笑った。耳に心地いいとは、思えなかった。その引っかかりに手を伸ばす前に彼女が歩き出したため、流河も歩き出す。先ほどとは違い、天南は流河の隣にいた。
「えっと、それで……」
「別に、良いよ。俺は何もしなくていいんだろ」
「ほ、ほんと!?」
やった。と、天南は笑った。その笑顔に、ふと別の笑顔を思い出す。天体観測をしているのかと聞かれ、難しくいえばそれ、と流河が言い、難しくないよと返した時の天南も、同じように笑った。耳に心地よい控えめな笑い声に、流河の背筋は伸びた。伸びてから、背を丸めていたのだと、気がついた。
「ちょっとの間で、いいんだからね」
嫌になったら、面倒になったら、いつでも言っていいからね。
そんなことを天南が言い、流河が律儀に分かったと繰り返していると、天南が立ち止まった。
「それじゃ、ここで」
「あ」
思わず、呼び止めた。
「ん?」
「明日は、あの河原にはいないから」
それだけ伝えると、天南は笑ってうなずいた。
「わかった。それじゃ、月曜日」
昨日と同じ場所。手を振って、天南は角を曲がっていく。同じように、流河は身を翻して、帰路についた。
歩きながら、天南の真意を考える。誰かと、恋人らしく振る舞わなければいけない事態だと言うことだろうか、と見当をつけた。
特に何もしなくていいと言われたけれど、流河自身は夜さえ邪魔されなければなんでもいい。
(学校の、帰りとか)
こちらから誘えば、また、爆発するのだろうか。
考えて、流河は小さく笑った。マフラーに顔を埋めて、くつくつと肩を揺らす。思い出し笑いができるくらいに、先ほどの爆発した天南の顔は、面白かった。
見ていて楽しいと、思った。
夜空に対してしか抱くことのなかった感情に、不思議な心地がした。
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