*

■神様の歌■第一章■第一話■

■3■
BACK TOP NEXT 

 空は晴れていて、空気はどこまでも澄んでいる。
「散歩日和ね!」
 高らかにソナタが言うのを見て、ルースは呆れたように相槌を打った。
「あーあー。そうだな。まったく、ジンさんも何を考えてるんだか」
「ドクターは無理だけど、ジンさんだってくればよかったのにね」
 子どもだけで行かせるなんて、とティムは苦笑する。
「簡単に『いいじゃないか、行って来いよ』だからな」
 あー、とため息をつくルースをソナタは見た。
「でも素敵、こうやって壁の外へ出られるなんて」
 本当に嬉しそうにつぶやくソナタを見て、ティムは微笑んだ。
「よかったね、ソナタ」
 彼女は城下に下りてはいるものの、王位第一継承者であることに変わりはない。現在ラデンの王座は、数年前にソナタの両親が亡くなって以来空位。王位継承権を持つのは、最初に国を興した『ソナタ』の血を引く『女』とされており、それがソナタにあたる。
 しかし、ソナタ自身はまだ幼いため、母方の伯父が、代わって国を動かしていた。他に王族はおらず、王家の女は皆、草色という特殊な髪を持っているため、『騙り』による混乱もない。ソナタが王位を継承するのは、時間の問題だった。
 どこまでも確実な次期女王であるために、ソナタは皆に守られてきた、過保護すぎるほどの愛情によって。
 そして現在、その愛情は別の形によって返される。いわゆる、『反発』と言う形で。



 四人街道沿いに歩いていた。
「あ、そうだ」
 ソナタはふと思い出したように後ろを振り返った。
「あなた、名前は?」
 ルースよりも、ティムよりも後ろにいた、黒髪の少女は、きょとんとソナタを見返す。
「歩けるみたいだから、口を開いてくれるかと思ったけど……」
 甘かったみたい、とソナタは肩を落とした。
「でも、その髪本当にきれいね」
 気を取り直して微笑んで言うソナタにも、少女はきょとんと首をかしげる。
「ねえ、ルース。本当に黒髪って珍しいわよね? 髪の色からどこの出身か、とか、分かりそうなものじゃない?」
 少女に構わずソナタはルースを振り返って言った。その言葉を受けたルースはああ、とうなずく。
「俺が知ってる限りでは……」
 ほんの一瞬だけ、ティムへと視線を向けた。先に、そこの女の子以外は、と呟いてから、言う。
「ティムと、ジンさんと、魔女だけだ」
「ルースったら、魔女に会ったことあるの?」
 驚いてソナタがルースに言うと、ルースは肩をすくめた。
「実際に本当かどうかは知らないけど、そういう話だ。本に書いてあった」
 ふーん、とソナタが相槌を打つ。その時、ティムは気付いた。わりとゆっくりであるはずの、このペースにさえ、少女が辛そうなことに。
「……」
 ティムは黙って見比べた。ソナタの背中と、少女の足取りを。
 そして、少女の方へと手を差し伸べる。
「平気?」
 通じないと分かっていながらも、ティムはそう問いかけた。
 少女はきょとんとティムを見上げたが、差し出された手を見て、迷うことなくその手を取る。
 ティムはそんな少女を見て笑って、ソナタとルース、二人の後を追った。



 最初に音を上げたのは、ソナタだった。
「何でいつまで経ってもたどり着かないのよ!」
 朝と昼の間あたりに森へ入ったはずが、時刻は既に昼と夕方の間になっていた。
 ソナタの言葉に、ルースが機嫌悪く言い返す。
「だから、さっきの道は――」
「うるさい!」
 二人のやり取りに、ティムは笑った。
「大丈夫だよ、何とかなるって」
 その言葉に、ソナタは息を吐いた。
「ティム、あんたね……」
 言いながら、ソナタはティムを見る、ティムは、「何とかなる」という表情のまま、ん? とソナタを見返した。
「ソナタ」
 見かねたルースが声をかけたのを合図に、ソナタは肩を落とした。
「ティムの『何とかなる』は、大抵何とかなっちゃうから怖いのよ」
 ソナタは、進めばいいんでしょ、進めば。と言いながら、止めていた足を進める。
「ティム」
 歩きながら、ルースはティムのほうを見た。
「兄さん、どうかした?」
「いや」
 黒髪の少女と同じように、きょとんとした弟を見て、ルースは首をふる。
「なんでもない」
 そう言って、ルースはティムの頭をぽんとたたき、笑みを浮かべた。
 首をかしげながらも、ティムはルースに笑みを返す。その時、少女がティムの腕を引いた。
「え」
 振り返ると、少女はまったく別の方向を見ており、ティムはその視線を追う。ルースもそれに気付いた。
「ソナタ」
 先へと進むソナタを、ルースが呼んだ。ルースの声に気がついたソナタは、ティムたちのところまで引き返した。
 ルースに示された先を、ソナタも目で追う。
「あっ!」
 その先にあるものを発見し、小さく叫んで息を呑む。
 少女が見ていた方向には、小さな小屋が建っていた。

BACK TOP NEXT