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■神様の歌■第一章■第二話■

■1■
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 ジンはいつものように港の監督をサボって町を歩いていた。
 道行く知り合いと挨拶を交わし、国の外へと歩いていく。そして、ちょうど国の外へ出た時だった。
 目の前に現れた少女を見て、ジンは口の端を僅かに上げる。
「よう、久しぶりだな。あれから二年、か? 元気にしてたか?」
 対する少女は、黙って肯く。
「いなくなった時、みんな塞ぎこんでいた。二年経っても、忘れられてなんかないさ。会って来い」
 再び頷き、その人物はラデン国内へと入っていった。
 ジンは、空を仰ぐ。
「さて、それじゃあ俺は寝るとするか」
 その日は綺麗な青空で、昼寝をするには最高の日和だった。



「何者だ」
 城の前で、少女は若い兵に呼び止められた。彼女は少しだけ考え込み、答える。
「私はウィル。ソナタ王女の知人。王女に会いに来た」
 簡潔に答えたウィルを、若い兵は怪しむ。その時、横からやってきた老兵が、ウィルを目にして息を呑んだ。
「……何をしに来た」
 ウィルは、若い兵に言ったのと全く同じことを口にした。老兵は息を吐く。
「いいだろう、そこの小部屋で待っていろ」
「わかった」
 コクリとウィルは頷き、二人の兵に背を向けて小部屋の扉を開こうと手を伸ばす。
 それを、老兵が呼び止めた。
「すまないな、ひとつ聞かせてくれ。あんたは……」
 老兵は、そこから先は口にしなかった。ただ声を発さずに唇を動かす。
「――」
 眉を寄せて、ウィルは老兵を見た。ウィルは、老兵が何を言ったかは、わかったが、その言葉の意味を理解しきれなかった。
「いや、いいんだ」
 首をひねるウィルを見て、ほっとしたように、老兵は息を吐く。
「悪かった、なんでもない。その部屋で待っていてくれ」
 ウィルは一度老兵を見て、部屋の中へと入って消えた。
 若い兵が、老兵へと訊ねる。
「なんですか。さっきの」
 老兵は、取り繕うような笑みを浮かべて、言った。
「気にするな」
 そして突然口ずさむ。国で歌い継がれた、一つの節を。
「あ! それ、俺も知ってます。婆さんがいつも歌ってくれました」

 一人の少女と少年が
 支える世界がありました

 大きな大陸 二つの小島
 七つの国が ありました

 一つの国が ありました
 古き歴史ある王国が
 女王の愛す とても綺麗な国でした

 女王が名前と受け継ぐ草色は
 王家の女児の 色でした



「あなた、ウィル?」
 部屋に入ってきた少女を見て、ソナタは慌てて長椅子から立ち上がる。ウィルを連れてきた者に、下がるようにと指示を出してから、ウィルに駆け寄った。
 ウィルは何も言わずに、頭を下げる。
「ええええ。何? どうしたの?」
 突然のウィルの態度に面食らって、ソナタは苦笑する。座って、と声をかけ、二人並んで長椅子に座った。
 出会ったのはほんの一時。けれど、彼女は一度目にすれば消えない印象を誰にでも焼き付ける。ソナタとて例外ではなかった。その上、魔女に奪われた形となった別れで、気にしないわけがない。
「今までどこに? 何をしていたの?」
 ウィルは無表情で、小さく頷いてから答える。
「リシアに、色々なことを教わってた」
「ウィルは、どこの誰、とか?」
 ソナタの問いに、ウィルは瞳を揺らした。
「それは、分からなかった。リシアは教えてくれなかったし、私は……」
 表情には出ないが、少しだけ苦々しい口調になる。
「思い出せない。気がついたら、ジンって人が」
「そっか、思い出せないんじゃ、しょうがないわよね」
 不可解な理解力に違和感を覚え、ウィルはソナタを見返す。記憶のないウィルは、何が普通で何が普通じゃないかはよく知らない。けれど、ソナタの態度にどこか違和感を覚えた。だから、ウィルはソナタの様子を伺う。視線に気がついたソナタは、慌てて弁解した。
「あぁ、言い方が気に障ったなら謝るわ。でも、思い出せないならしょうがない。元の居場所に戻れないなら、ここで居場所を作ればいいのよ」
 きょとんとするウィルを見て、ソナタは苦笑して答える。
「あたしの知り合いにもね、いるのよ。思い出せない人たちが」
 その言葉を聴いても、ウィルはきょとんと首をかしげたままだった。
「まずは手始めに」
 こほん、とソナタがそう前置きをしてから、言う。言いながら、ウィルに向かって手を差し出した。
「あたしの友達になってね、ウィル。ソナタと呼んで頂戴」
 ウィルは目元を僅かにほころばせて、頷いた。冷え切ったウィルの手が、ソナタの手に触れる。
(うん?)
 そのとき、ソナタは初めてウィルが緊張していたことに気付いた。あまり表情の動かない目の前の少女を見つめて、えへへ、と嬉しそうに笑った。
 その時、扉の外から声がする。
「王女様」
「入っていいわよ」
 失礼します。とティーセットを持った侍女がソナタの部屋に入室してきた。
「あら、マリアナじゃない。それは?」
 ティーセットに向けられたソナタの問いに、召し使いのマリアナは、困惑した様子で答える。
「それが、その……」
 自分の手を口元に添え、ソナタの耳元に近づける。動作の意味が分かり、ソナタも自分の耳を近づけた。何ごとかを呟かれ、パッとソナタが顔を上げる。
「え、伯父様帰ってきてるの?」
 ソナタが驚きの声をあげた。
「はい、先日、シエスタより帰国いたしました。」
  そう、と返事をしたソナタの浮かない顔に、ウィルは首を傾げる。
「ソナタ……?」
「ううん、なんでもないの」
 そう言って笑うソナタだったが、ウィルの視線は動かない。困ったな、と呟いて、ティーセットへ視線を移した。
「いれて頂戴」
 そうマリアナに頼むと、はい。と返事が返ってくる。手際の良さに感心しながら、ウィルの視線を感じていた。
「このお茶、本当に伯父様のお土産?」
「はい、シエスタからの」
 マリアナとの会話を聞いて、ウィルが小さくシエスタ、と呟いた。ソナタが答える。
「知ってる? 大陸の、北にある国よ。先日まで、伯父様が訪問していらしたの」
 ティーカップが出されて、ソナタとウィルは同様に顔をしかめた。
「何、このきつい匂い……」
 マリアナまで、眉を寄せる。
「慣れていないと、飲みにくそうですね」
 ウィルはひとり、黙ってティーカップを見つめていた。それに気がついたソナタが、声をかける。
「どうしたの、ウィル?」
「ソナタ、その伯父さんというのは……。ものを知らないわけではない?」
 唐突に聞かれて、ソナタはいぶかしみながら答えた。
「ええと。そんなことはないはずよ。国立の学校に行っていたはずだし。どうして?」
「サリタルア」
 聴きなれない言葉に、ソナタは首をかしげたが、マリアナは悲鳴を上げた。
「少量であれば、依存性の高い麻薬になり、これほどの量になると……」
 ソナタは口をつぐんだ。カップを持つ手が、震える。
「致死量、ですね。あのお方が知らないはずありません」
 マリアナの言葉に、ウィルは頷いた。知らず手にいれたのであれば、シエスタの謀略である可能性が高いが、サリタルアは有名すぎる。すぐにばれるような毒薬を使って、その叔父というのは、いったい何を考えているのだろう。
 そう、これはまるで、警告のような。
「ソナタ様、もう……城は……」
 マリアナの言葉に、ソナタは下唇を噛んだ。
「叔父様を、捕らえることはできないわ。知らぬ存ぜぬを通されれば、シエスタに疑いの目が行く。ただでさえ、王家の血筋というだけでなく、実力で高官にいる方だもの、人望もある。だれがあの人の味方となっているかもわからない……」
 足りない頭を必死に動かして、ソナタは慎重に考える。
「本気だということかしら。本気で、あたしを憎んでいると、叔父様は告げているのかしら」
 心が震えた。ソナタは、自然自分を抱くようにした腕に力を入れる。
 戻ってきたばかりなのに、巻き込んだ。こんなに近くで、事情を知られてしまった。
 隣にいるウィルの顔が見えれず、それでも、ソナタは謝罪した。
「ウィル、ごめんなさい。こんなことに巻き込んで」
「もう知ってる」
 ウィルは小さく呟いた。え? とソナタがウィルを見る。
「ソナタの伯父に息子が生まれたこと、王家をのっとろうと画策していること、城の内部は誰が味方かさえ分からないこと」
 ソナタは口元を押さえた。どうして? 草色の瞳は、不安げに揺れている。
「この部屋に来る前に、大臣だという人が……初老の」
「ラッセル……」
 ソナタは小さくその名呟いた。
「マリアナ、ラッセルは味方だったわ。これなら」
「王女様」
 主君の言葉を途中で遮るなどという、侍女としてあるまじき対応と、その毅然とした声に、驚き振り向いた。
「あと、たったの二年です。あと二年で、あなたが王位を継げる年齢になる。そして、ようやくラデン本来の女王制に戻るのです。ソナタ様は、王国の初代女王直系の血を引くお方。失うわけにはまいりません」
 そして、マリアナは淡く笑う。
「今宵にでも、お逃げ下さい」
「……あたし一人で、逃げろというのね」
 ソナタの顔を見て、小さくマリアナは首を振る。マリアナの瞳は、ひた、とウィルへと向けられた。
「ウィル様の黒髪、歴史にひた隠しにされた一族とお見受けいたします。どうか王女様を守っていただけませんか?」
 え、とウィルは侍女を見返した。何のことかわからない。戸惑いも表に出せず、マリアナは気にせず言葉を続けた。
「この話は、大陸五国の王族のみに伝わる話。幼い頃に両親を亡くされたソナタ様が、ご存じないのも無理はありません。しかし、それを知っている者達もいる。その者達の一人が、私にございます。ソナタ様、ラークワーナの第二王子、ラナイト様をご存知ですか?」
「ええ。だけど、その人が……?」
 マリアナは頷いた。
「そのお方から、いずれお話を耳にすることができましょう。それまで、このお話はお忘れ下さい。私の口から言うことは許されないのです。けれど、ウィル様は必ずやあなたの力になるはずです。魔女の元でものを教わったと言うのなら、なおさら」
 どうしてそれを知っているの? ソナタは、マリアナを見つめた。毅然とした態度を保ち続けるマリアナに、問いかける。
「あんたは小さい頃、どこかからラデンへやってきて、城の召し使いになったって、父様から聞いたことがあるわ。いったい何者なの?」
 マリアナは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し上げることはできません。ただ、一つだけお誓いいたします」
 顔を上げ、ソナタの顔を正面から見つめる。
「私は、あなたの味方です」
 ソナタは、マリアナを見つめ返し、そしてウィルへと目配せをする。
「ウィルのことを知っているのね」
「ウィル様のことは存じ上げません。私が知るのは彼女の一族のことだけでございます」
「それも教えてくれないの?」
「もうしばらく、その話を知るのはお待ち下さい、ソナタ様」
 どうかそれまで、ご無事で。そう言って、マリアナは元気付けるような笑みを、ソナタへ見せた。

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