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■神様の歌■第一章■第二話■

■3■
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「あれ、お前ら何してんだ」
「っ!」
 旅券を見せてすぐに船に乗るつもりが、見せる前にジンに声をかけられた。
「いつもサボってるくせに、何で今夜に限って……」
 ソナタの皮肉も、ジンにまでは届かない。
「ん、全員分あるな。気をつけて行ってこいよ」
 しかし、ジンはそれ以上突っ込まなかった。ソナタが驚いている間に、ルースがその手を引いて船へと乗り込む。
 船室へと入るまで、四人は足を止めなかった。
「ジンさん、どうして何も言わなかったんだろう」
「さあな」
 ソナタの呟きに、ルースが答える。
「ただ、ジンさんに見られたって事は、俺たちが四人で船に乗ったことがばれる可能性もあるんだよ」
 そう呟いて、ため息を吐いた。その案を、ティムが否定する。
「ジンさんは、いい人だよ」
 ルースはティムを見たが、それ以上は何も言わなかった。
「島にある町に紛れ込めば、大丈夫って聞いた」
 ウィルの言葉に、ルースが眉を寄せて顔を向けた。
「大体、お前今までどこにいたんだ。あれから、どれだけ魔女の小屋に行ってもたどり着けなかった」
「そうだ。ええと、ウィル。本当に、なんで?」
 ウィルは、しばらくルースとティム、そしてソナタを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「ずっと、眠っていた」
 小さな声で、ウィルは呟いた。傷を治すためなのかもしれない。ここに来て、そう推測したが、それでもよくわからないのは同じだった。
「目が覚めたら、時間が経っていて、言葉がわかって」
 ここで初めて、ウィルの表情が大きく動いた。苦しそうな表情になって、背中を丸める。
「私は何も知らない。どうして、あの人が私を探していたのかも、何にも知らない。教えてくれなかった」
「寝ているうちに、か。まあ、いいじゃない。身元がわからないのは、しょうがないもの」
 ソナタがあっさりそういうので、ルースが少し語気の強い口調で言った。
「お前な」
「なによ、ルースだってティムだって、自分のこと何一つ知らないじゃない。ウィルばっかりいじめるのは止めなさいよ」
 ソナタがルースへ指を突きつけて言うと、ルースは悔しそうに口を閉ざす。
「ティムたちも……?」
 ウィルがそう呟くと、ティムが頷いた。
「リシアさんの小屋に行ったときのこと、覚えてる?」
 言いながら、ティムはベッドの上に腰掛ける。
「僕らは母さんの顔を知らない。父さんの顔も、どこで生まれたのかも」
 ティムは、そう言って笑った。
「そうだね、気にすること無いよ。この世界で、僕らみたいな人たちは少ない。でも、ここにはいる」
 ね、とティムは笑った。
「荷物整理して、もう寝ようよ、明日には着いてるだろうからさ」
 ティムの言葉にルースが頷いて、自分の荷を解く。その時、ガシャンという金属が床に落ちる音がした。
「何」
 音にソナタが振り返る。ウィルも、遅れてそちらを見た。
「ハーヴィーさん、何考えてるんだよ」
 ルースの荷物にあったのは、一振りの剣だった。



 異変は、その夜に起る。
「何……」
 船のゆれにウィルが目を覚ました。咄嗟に船窓を見るが、空はまだ暗い。
 また一つ、今度は先ほどより大きな揺れが、船を襲う。
「ティムっ」
 思わず呼んだのは、向かいのベッドで眠っていた少年の名前。揺れによって眠りが浅かったのか、ティムはすぐに目を覚ました。
「ウィル……?」
「船が、揺れてる」
 ウィルの囁きに、ティムは首をかしげた。船とはゆれるのものだ。寝ぼけているのだろうか。疑問に思っているその時、三度目の揺れが。
 予想外の揺れの大きさに、ティムが表情を強ばらせる。
「いったい何が……。兄さん」
 ティムが隣のベッドに寝ているはずのルースを起こそうと動いたが、その動作はすぐに止まった。
「兄さん?」
 ルースの姿は、既になかった。
 ティムは額を押さえて考える。
「一体何が……。ウィル、僕は今すぐ支度をして甲板に上がる。君はソナタを起こして。荷物は、持っていてね。髪の毛隠してね。甲板で待ってるから」
 ティムは素早く上着を羽織り、靴を履いて船室を出て行った。
 ウィルは、ソナタを起こす。



 甲板の上は風が強かった。
「兄さん!」
 ティムは兄の姿を見つけ、駆け寄る。見ると、ルースは腰に剣を帯びていた。反射的に、物騒だな、とティムは思った。
 ルースはティムの声に振り返り、荒れた夜の海を背景に、溶け込みそうな黒髪のティムを見つけた。
「あいつらは」
「ウィルがソナタを起こしてる。一体何があったのさ」
 ルースは海を指差した。ティムは身を乗り出して覗き込む。黒い海に、どこか波とは違うものが見え隠れるする。眉をひそめた。
「まさか、座礁?」
「そのまさかだ」
「本当に? だって、この辺の海で浅いところは」
「ああ、数えるほどしかない。誰かが舵を誤ったみたいだ」
「そんな」
 ティムは絶句し、その場に座り込んだ。
「さっきぶつけた箇所を見に行ってきた。話も聞いた。今、修理はしてるが、沈むのは時間の問題だろうな。昼間に散々でてる、島への夜の便に乗る奴なんて、数えるほどしかいないんだ。俺達と船乗りと一握り程度、何とかなるだろう」
「っ!」
「見てみろよ、島は目の前だ」
 ルースの言葉に、ティムは向かうはずだった島を、肩越しに見る。島には大分近づいていて、泳いで何とかいける距離だった。
 島を見つめながら、ティムはルースに問う。
「ソナタとウィル、泳げると思う?」
「ソナタは無理だ。ウィルのほうは聞いたこと無い」
「だよね」
 苦笑して、ティムは考える。
 その時、船が大きく揺れ、小さな水音が一つ響いた。
「今のはなんだ?」
 ルースが音のほうを振り返るのと、ティムが走り出すのは同時だった。
「ティム!」
「嫌な予感がする!」
 ルースによる制止の声も聞かず、ティムは走る。自分の直感を、ただ信じて。



 すぐにソナタの姿が見えた、「ソナタ!」と、名前を叫びそうになるが、ティムは思いとどまる。
「ビビ!」
「ティム、ウィルが!」
 ソナタの指差す方向に、ティムは目を向け、慌てた。
「なんで」
「さっきの揺れで、ウィルが縁に体をぶつけたの。その時、持ってた荷物がウィルの手から離れて――」
 その荷に手を伸ばした。さらに小さなゆれを、ウィルは体制の悪い状態で受け止めて―――。
 ソナタの話を聞き、水面にゆれる黒髪を見つめて、ティムは唇をかんだ。何も言わずに船の縁に手をかけるティムを見て、ソナタが驚いて訊ねた。
「ティム? どうしたの」
「助ける」
「待って、ウィルならきっと船の人が――」
 ソナタのことを正面から見つめ、ティムは言った。
「船は多分沈む。兄さんが確認したんなら間違いないよ」
「あんたね、ルースのことに関してだけ、盲目的すぎなのよ。何でもかんでもそう真に受けるのはよく無いわ」
 助かるかもしれないじゃない! ティムを説得するために、思っても無いことをソナタは口走った。けれど、ティムは聞かずに、そのまま海へ身を乗り出す。
「ティム!」
「ソナタは、ルースのところに」
 そういい残して、ティムは海へと飛び込んだ。
「ウィル!」
 自分が飛び込んだ瞬間、もう一つ水音がした気もするが、ティムは深く考えずにウィルのほうへと泳ぐ。
 沈みかけていた体を引き上げてやろうとティムが手を伸ばすが、もがくウィルのものすごい力に引かれ、うまく行かない。
「ウィル。落ち着いて。平気だよ、僕が来た、目を開けて……」
 ウィルの手は掴む何かを捜し求めていた。それをティムが握ってやる。
「ウィル、目を開けて」
 声が届いたのか、恐る恐るウィルは目を開いた。
「ティム……」
 小さな声に、ティムは笑顔を返す。
「ここからなら、泳いで陸までいける」
 そう言うと、ウィルは小さく頷いた。ティムはそれを確認して、ウィルを抱えたまま泳ぎ始める。やはり、波が邪魔をしてすぐに陸には近づけない。けれど、このまま海流に乗れば島の浜までいけるはずだった。それを頼りに、ティムは顔を上げる。腕の中のウィルと共に、沈むつもりはなかった。

 泳ぐことに集中する前に、ティムはふとルースとソナタを思った。
 けれど、二人はしっかりしてるから、きっと大丈夫だろうと結論付ける。ウィルをしっかり掴んだまま、ティムは陸を目指し波間を進み始めた。

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