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■神様の歌■第一章■第三話■

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 二人の少女と少年が

 支える世界がありました


 朝日が昇ったばかりの小さな村から、少女もしくは、まだ声変わりのしていない少年の歌声が響く。
 村の人々は日々の仕事をこなしながらその歌に聞き入った。


 大きな運命 ひとつの死

 顧られない 生でした


「もうやめろ」
 その歌声に、一人の青年が口を挟む。
 聞くに堪えない、そんな風に、青年は言った。
「そっかな。ボクは、この歌好きだけど」
「頼むから、歌うな」
 男の言葉に対し、歌声の主は優しく微笑む。
「わかった」
 その返事に、青年は安心したように肩の力を抜いた。それを少し寂しく思いながら、歌声の主は立ち上がる。
「どこへ行く」
「ちょっとそこまで」
「どこまで」
 しつこく聞いてくる青年に、ほんの少しだけ面倒に思いながら歌声の主は考える。
「黙祷しに?」
 そう言って、笑った。気の抜けた笑顔に、男は「そうか」とだけ返す。この村での『黙祷』は、限られた意味しか持たない。
「行ってこい」
 そう言って、青年は手を振った。歌声の主は、嬉しそうに笑って、頷く。
「うん、行ってきます」
 くるりと踵を返して、村の出口へ向かうその背中に、青年は叫んだ。
「街には行くなよ!」
 歌声の主はそれに応えず、黙って村の外へと出た。森をしばらく歩き、さらに上る道と下る道との分かれ道で、立ち止まる。
「ばれた?」
 舌まで出して白状するが、それを聞く者は一人もいない。
 歌声の主は、上機嫌で山を下り始めた。



「ウィル、平気?」
「うん。この天気なら、そのうち乾くと思うし」
「そんな日差し強くないけどね」
 ウィルとティムは何とか陸にたどり着き、浜辺で一休みをしていた。
「だけど、荷物どうしよう」
 あの波の中、放さなかったらしい荷を解き、浜辺に広げる。一通りティムは調べたが、どれも使い物にならなくなっていた。
「諦めるしかないと思う」
 ウィルの言葉に、ティムは頷く。
「そうなんだけど……」
「?」
 ウィルと目が合い、ティムは顔をそらした。
「やっぱり、もったいないなって。まあ、どうしようもないんだけどさ」
 そして、ティムは立ち上がる。
「ウィル、この島の地理分かる?」
 ティムの問いに、ウィルは首を振った。
「だよね」
 と、ティムは苦笑し、伸びをする。僕も知らない。と笑った。ラデンの知識なら大量にあるが、島となると無知に等しかった。ラデン国内ではあるが。自治は先に住んでいた一族に譲っており、その一族はいつの間にか勝手にできていた海辺の町に関心を向けていない。そのため、町は無法地帯と化している、くらいか。
「とりあえず、海岸線沿いに歩いてみよう。海に面した場所に町があったはずだから」
 その言葉に、ウィルは同意した。何も言わずに立ち上がり、ティムの隣に並び立つ。
「よし、じゃ……」
 行こうか、と続けようとして、ティムは言葉を止めた。ウィルは首をかしげながらティムを見上げ、ティムの視線をなぞる。
「おーい!」
 浜辺の少し向こうに、ひとつの人影が見えた。その人影が駆け寄ってくるのを、ティムとウィルは黙って待った。
 人影は、若い男だった。珍しい赤髪にバンダナを巻いている、恐らくまだ十代後半で、ティムやルースよりも年上の。
「お。若いお二人さんだな。なんだ? デートか? 朝からか、まあいいんじゃねえの」
 年齢にそぐわぬからかい言葉。矢継ぎ早に告げられるソレに、ティムは赤面し、慌てて言い返した。
「そんなんじゃない。えっと、あ、僕はティム。こっちはウィル。あなたは、いったい……」
 ティムの言いたいことがわかったのか、若い男は上機嫌で名乗る。
「俺は、イリア。ただのイリアだ。お前らあれだろ? さっき沈没した船に乗ってたんだろ?」
 イリアの言葉に、ティムは小さく息を呑み、警戒する。
「なぜ、それを知ってるんですか」
「なぜもなにも?」
 イリアは楽しげに、言葉を区切る。
「俺もあの船に乗っていたからに他ならない。いやー、参った参った。まあ、勝手に小船を一艘拝借したんだけどさ」
 悪びれることも無く、しゃあしゃあとモノを言うイリアに、ティムは呆れた。
 それに構わず、イリアは喋り続ける。
「で、だ。ここであったのも何かの縁。街まで一緒に行かないか? 街までの地理は頭にあるんだが、一人で歩くのは性に合わなくてよ」
 その言葉に、ティムは驚いた。
「いいの?」
「だめか?」
 質問に質問で返され、戸惑いながらティムはウィルを見る。ウィルは何も言わずにティムとイリアを見ていた。イリアへ視線を戻し、答えを出す。
「お願いするよ。町にどう行くかもわからないんだ」
「よし、じゃあ行こうぜ。この島唯一の町は無法地帯。掻っ攫われないよう気をつけろ」
 ティムは苦笑を浮かべながら、頷いた。
 イリアを先頭に、ティムとウィルは歩き出した。

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