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■神様の歌■第二章■第三話■

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 ドゥーノがきてから数日が経っていた。今にも本格的な冬になりそうで、村では食料や燃料の確保に必死だった。
 ダリスの家から出てきたソナタは、蒔き割りを終え、斧を戻しに行こうとしているティムを見つけ呼び止めた。
「ティムー!」
「何?」
「前に言ってた家の修理! ルース捕まえて行って来てってダリスさんが!」
「うん、わかった」
 何気ない会話のはずだった。それなのに、ソナタはもう一度ティムを振り返る。
 走り去るティムの背中を見ながら、今の会話に、何かが足りないと眉をひそめる。
 何が足りないというのか。
 しばらく考えて、気のせいだったかとダリスの元へと戻り始める。政治学の講義の最中、ほんの息抜きのつもりで出された指示だったのだ、すぐに戻らないといけない。
 政治学の次は歴史だ。得意なだけに嬉しくて、思わずソナタは微笑む。
「……笑顔?」
 そうだ、とハッとしてソナタは再度振り返った。ティムの姿はもうない。
「ティム、笑ってないわ」
 常に穏やかなティムの表情が、……なかった。



 それから三ヶ月以上経った。
 厳しい冬の寒さはひとまず通り過ぎ、村のあちこちに雪の中蕾の付いた樹木が見える。
 居候たちもまた、暮らしに慣れ始め、それぞれの役割を手にしていた。
「さむい……」
 呟きながら、朝早くにラリスはテントから出てきた。
 まだ日も昇っていない、薄い色をした空を見上げて、ラリスは伸びをする。
 噴水の広場まで行くと、ティムが顔を洗っていた。ラリスが黙ってみていると、ティムは顔を上げ、袖で顔を拭く。そして、ラリスに気付いた。
「おはよ」
 硬い表情で、ティムは言った。ラリスもおはよう、と硬い表情で返す。
「山に行くんでしょ?」
「そうだよ」
「僕も連れてって」
「……」
 ティムの申し出に、ラリスは少し悩んだが、やがて頷く。
「いいよ」



「私の気のせいじゃなかったら、ここ数ヶ月のティムとラリスの様子がおかしい」
 朝日が差し込んだ明るいテントの中で、それぞれが朝の準備をしている最中、突然ウィルが呟いた。
「そんなこと」
 ルースが言葉を区切り、布団を拡げ畳みながら返した。
「言われなくてもわかってる」
「そうね、いつからだったかしら。あの二人、笑う回数が激減してるのよね」
 ソナタがそう言いながら、奥のベッドでダリスが身を起こした事に気付き、そういえばラリスは? と問う。
 問いかけられたダリスは、俺? と問い返した後、答えた。
「ラリスはいつもの。黒煙が焚かれているかどうか見に、山に行ったんだろうよ。ティムも、いないところをみると、ついていったんだろう」
 その答えに、それぞれが首をかしげた。
「黒煙って?」
 ウィルが、問うた。

「黒煙って言うのは、ラークワーナの小さな村のほうでやる、魂を送る儀式のこと」
 ティムの質問に、ラリスは淡々と答えた。
「―――……」
 まさか、とティムの口が動いく。
「お葬式のことだよ」
 伏せられたラリスの瞳は、感情がこもっていなかった。内に押し込めて、表に出さないように。ラリスがどれだけ自分にそう念じていたのか、ティムは今まで気付かなかった。
 自然と、山を登る足が早くなる。祈るような思いで、ティムは山の見晴らしのいい場所まで来た。
「あぁ」
 後から追いついたラリスが、息を吐く。
「ラークワーナは、あの辺り」
 そう指差された場所を、ティムは凝視した。と言っても大陸の向こう側である。見えるほうがおかしい。ラリスが示したのも、漠然とした方角だろう。
「黒煙は、七日間絶えず焚かれるんだ」
 呟いて、ラリスその場に座った。
「大丈夫だよ、ティム」
 そばに立ったままのティムを、ラリスは見上げて呟いた。
「ドゥーノは、元気だよ」
 ラリスの壊れそうな笑顔を、ティムは泣きそうになりながら見つめた。
「ラリス」
 かすれるような声に、ん? とラリスは返す。
「歌、教えてくれない?」
「歌? なんの?」
「世界を愛した、魔女の歌」
 ティムの言葉に、ラリスは頷いた。

 一人の闇の使い手が
 愛する世界がありました

 小さな島に 二つの王国
 豊かな故郷 がありました



「眠れないんだ」
 ラリスに歌を習う途中で、ティムがポツリポツリと話し始めた。
「ドゥーノさんに会ってから、あの人が死んでしまうと知ってから。夜に、眠れないんだ」
「……」
 突然の告白に、ラリスはじっとティムを見つめた。
「ティムが、ドゥーノに会ったのは、あれ一回きりでしょ? どうして?」
「わからない」
 ティムはそう微笑んで、首を振った。
「ウィルが現れて、消えて、帰ってから、いろんなことが変わった気がする。ウィルのせいじゃ、ないんだけど。わからないことがたくさん増えた」
 抱え込んでいたものを吐き出すかのように、ティムは喋り続けた。
「ちょっと前まで、考えもしなかったこと、兄さんとリシアさんの関係とか、ウィル自身のこととか。こうしてラデンを出て、島にいるって言うのもだし」
 別に、この島がヤダって言うんじゃなくてさ。強ばった笑顔を、ティムは浮かべていた。
「ここの人達に言わせれば、『黒髪』は稀少だと言われる。でも、僕自身はなんの疑いもなくこの黒髪と付き合ってきたし、ウィル、ジンさん、リシアさん。いまいちピンとこない。だけど、『村』の人たちは、僕の髪を直視するのを避けてる。まるで恐れてるみたいに」
 わからない。とティムは呟いた。
「ウィルの記憶のことだってある。僕の記憶のことだって、兄さんの記憶のことだって」
「ティム、そんな全部一緒に考えることないよ」
「ラリスのことも」
「ボクのこと?」
 一瞬だけ、ドゥーノとラリスのことも聞きそうになったが、ティムは考え直して口を閉ざした。
「いいや、いいんだ。そろそろ村に戻るよ」
 聞かなかったことにして、とティムは言う。ラリスは少しだけティムを見つめていたが、そうだね、と呟いた。
「戻ろうか」
 呟いて、二人は山を降りる。ティムは、何度も何度も、遠い空を振り返り見た。

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