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■神様の歌■第二章■第三話■

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「ねえ、ダリスさん。ひとつお聞きしてもいいかしら」
「どうした?」
 ダリスの元で、女王となるための最低限の教養を教わっていたソナタは、口調の練習をしながらポツリと呟いた。
「私が……。街に下りるのは、ムリですか?」
「論外だな」
「……」
 切り捨てたダリスの顔を、ソナタはじっと見つめた。無表情だったが、見ようによっては睨んでいるように見える。
「今までそんなこと一言も言わずにオレたちの手伝いをしてたじゃないか。どうして今さら」
「……ここに来て、新年になったわ。それで、今月が第二番 王の月だからよ」
 意味がわからず、ダリスは何も言わなかった。それをソナタもわかっていて、ダリスから顔をそらし、続ける。
「ティムとルースの誕生日が、もうすぐなの」
 何事かと考えをめぐらせていたダリスは、盛大に息を吐き、肩を下ろした。
「お前な、たったそれだけのこと―――」
「あたしにとっては重要なのよ!」
 顔を真っ赤にして、ダリスを振り返ったソナタの表情は真剣だった。
「お前は、大陸五国の内の頂点に立つ、ラデンの第一王女だぞ」
 ダリスの言わんとすることをソナタは理解したが、当然納得はできない。
「身分とか、関係ないじゃない。幼馴染だし、毎年あげてたの」
 それだけ言った。当然ダリスは首をふる。
「だが、了承はできない。村から出すことも許されない。お前が髪を染めることを拒む限り、人目にさらすことは論外だ」
「髪を染めることこそ論外だわ! 『ソナタ様』の末裔であるあたしがっ。―――私が、そんなこと……」
「では諦めろ」
 ソナタはダリスを見つめたまま黙り込んだ。視線で責められ、ダリスは息を吐く。
「そんなに何かやりたいなら、村の女に相談すればいい。織物でも何でもやり方を教わるなりして、あげるものを作ればいいだろう」
 ソナタの表情が輝いた、所詮彼女もまだ子どもだ、とダリスは息を吐く。
「俺には悪いが、そういう気持ちは理解できないな」
「? どうしてよ。好きな人とか、いないの?」
「俺たち『村』の住民が、みんなして未来に夢を持ってるわけじゃない」
 ダリスの意味深な言葉に、ソナタはきょとんとした。
「どういうことよ」
「教えてやろうか。どうせ、ラデンの女王になるんだ。知っていても差し支えないだろう」
 ダリスの口調はどこか投げやりだった。様子がおかしい、とソナタは眉を寄せる。
「何を言い出すの」
「俺たちはな、大陸の人間より寿命が短いんだよ」
「え」
 驚きに目を見開き、信じられず、寄せられた眉間のしわは戻らない。
「長く生きて……。そうだな、五十ギリギリだ」
「嘘よ」
「平均すると三十五。これでわかったか? この『村』に、世間一般で言う『年長者』がいないわけ。そして、二十代前半の俺が村長なわけ。俺の父の代はみんな既に死んでる」
 ソナタは黙って口元を押さえていた。なんで? と目で訴える。
「どうして? 見た目は普通の……大陸の人たちとなんの変わりも無いじゃない。平均寿命が三十近く違うだなんてっ!」
「どうしてだろうな。人が持つべきじゃない力を持ってるからかもな」
「力……?」
 意味深なダリスの笑みに、ソナタは狼狽したまま動けない。ダリスは静かに立ち上がり、ソナタに尋ねた。
「もしも、俺たちが手を使わずに物を動かせたり、風を刃に変えることができるって知ったら、各国の頂点は俺たちの事をどうするんだろうな」
 既にソナタの思考回路は正常に作動していなかった。ダリスの言葉は、きちんと彼女の耳に届いていなかったし、届いていたとしても返事はできなかっただろう。
 彼女はただ、穴の開くほどダリスを見つめる。
「ラデン女王は、世界の全てを手にしていないといけない。お前の代で、親から教えてもらうという受け継がれてきた流れが途絶えてしまった。だが、幸いお前達は俺たちを頼ってきた。俺たちは間違いなく教えられることができる。安心しろ」
 一拍置いて、ダリスは続けた。
「ラデンは、つぶさせない」
 そういい残し、部屋を出て行った。残されたソナタは、呆然としながら呟く。
「何よ、ラデンがつぶれるって。意味わかんない。力?」
 笑いながら、額に右手を押し当てた。
 脳裏に、ラリスとはじめて会った時のことが浮かび上がる。
「あれが、そうだって言うの? そんな冗談っ!」
 ソナタの憤った声は、誰にも聞こえない。



 ラリスが、ティムと二人で山をにのぼり、ソナタが、『村』の住民の秘密を知ったのと同じ日の夜。暗闇の中、ラリスは目を覚ました。
「……?」
 周囲が騒がしい気がした。何事だろうと半分眠りに落ちた頭で考え、無意識に寝返りを打つ。うつぶせになり、やはり騒がしいと頭の奥で思った。だんだんハッキリしていく思考回路で考え、肘を突いて起き上がろうと顔を上げたところへ―――。
 何か柔らかいものがラリスの顔面に思い切りぶつかった。
「え? な、何っ」
「しまった! ラリスが起きた!」
 あせったようなティムの声が聞こえる。ラリスは重力に従って床に落ちたものを拾う。
「枕?」
「ウィル危ないっ」
 ソナタの楽しそうな声がする。
「兄さん! ラリスが起きっ」
 ティムの言葉は途中で「むぐっ」と遮られる。
 暗闇に慣れていない目で、ラリスは必死の状況を理解する。いくつも枕が飛び交っていた。
「兄さんずるい!」
 ティムが枕を掲げた。呆気にとられてみているだけのラリスは、いっきに状況を理解する。
「ぷ」
 一度こみ上げた感情は、簡単に抑えこめられる類のものではない。
「あはっ」
 ラリスの響き渡る笑い声に、ティムはきょとんとラリスを見つめる。
「あれ、怒らないの?」
「どうして? どこに怒る必要があるのさ?」
 言いながらも笑い続けるラリスを見て、ティムも笑った。楽しそうな二人の声が、重なる。
 ウィルも楽しそうな、僅かな表情の変化を見せていた。
 何も言わずに、枕を手にして、周りが気付く前に、投げる。
「ぶっ」
 ティムが前につんのめった。
「枕投げって言うのは、先手必勝なんでしょう? ルース」
「でかしたウィル」
 再び、あちこちで枕が投げられ始めた。
 この騒ぎで起きていないはずのないダリスは、騒ぎに背を向けたまま、横になっていた。
 ……ラリスとティムの二人が笑った。ウィルは、これ以上ないほど嬉しい気分だった。

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