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■神様の歌■第二章■第四話■

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 テントの布の向こうから、太陽の光が透けていた。もうすぐ昼だろうか、ラリスはそんなことを思いながら瞬きをする。
「……あれ?」
 ゆっくりと身を起こして、左右を見渡した。隣にいたはずのウィルの姿はない。それどころか、ソナタもルースも、ティムの姿も、なかった。
「あれ?」
 再度首をかしげて、慌てて身支度をする。外に出ると、村人たちが笑顔で挨拶をしてきた。いつもどおりにラリスも返す。
「あ、あのさ! 他の人たち知らない?」
「あぁ、変わった毛色の客人たちは、ダリスの家に行ったよ。お前さんが起きたら呼んでくれ、と言われているんだ。急ぎな」
「―――ありがと」
 笑顔で答えて、ラリスは村の中で一際立派な家、ダリスの家へと向かった。
「ダリスっ」
 遠慮なく扉を開け、見慣れた廊下を通り、扉をもうひとつ開いた。
「……何してるの…………」
 部屋には探していた五人が机を囲んでいた。いくつか空いている椅子のひとつに、ラリスも座る。
「おはよう、ラリス」
 ラリスの剣幕に、若干困ったような顔でティムが言った。ラリスはそれに返さない。
「お前が起きるのを待ってた」
「……起こしてくれたらよかったのに」
 拗ねたようなラリスの言い方に、ダリスが苦笑する。ソナタは机に頬杖をついて、視線だけティムへと向けた。
「ティムがどうしてもって言って起こさなかったのよ」
「え」
 ティムが慌てて弁解し出す。
「だって、ほら、昨日は―――」
 口調が一気に沈んだ。今度はラリスが慌てる。
「だ、大丈夫。平気だよっ、心配してくれてありがとう。それで? ダリス、用は何?」
 面白そうに二人のやり取りを眺めていたダリスは、あぁ、と呟いて姿勢を正す。
「お前らへの、今後の指示だよ」
「今後の指示?」
 ルースが眉をひそめた。
「そう。それぞれに出す指示に従ってもらう」
 若干警戒しながら、全員がうなずいた。
「まずはビビ。お前には本格的に女王になるための教養を学んでもらう」
「うわ」
「あのな」
 ソナタの露骨な態度に、ダリスは呆れた。
「お前は、王位を継がないといけないんだよ」
「それ、前から思ってたんだけどどうして?」
「あぁ?」
 ダリスの睨みに怯みながらも、ソナタは負けじと続けた。
「どうして、ラデンは『女王』じゃないといけないの? ラデン以外の四つの国は、みんな王様だわ」
「……それも、そのうち教えてやる。今はダメだ」
「なんなのよ、ケチっ」
 あからさまに不満を出すが、ダリスは取り合わない。
「それからティム。お前にも、勉強をしてもらう。学があって困ることは無いからな」
「わかりました」
 ティムは素直にうなずいた。
「ウィル、お前は別にやってもらいたいことがある」
「……?」
 先に言われた二人とは様子が違うらしいと、ウィルは僅かに眉をひそめた。
「お前が『忘れた』技術だ。それを取り戻してもらう」
「……『思い出す』の?」
 目に見えるほどに、ウィルの表情が強ばった。ソナタのよりも衝撃的な拒絶に、ダリス自身一瞬だけ言葉を失う。
「……必要な事だ、お前がどれだけ―――」
「ダリス」
 鋭い声で、ラリスが言葉を遮った。
「ウィル、別に良いよ、思い出したりしなくても。いやなことを、無理にすることないからさ」
 ラリスの笑顔を、ウィルは見入る。少しだけ眉を寄せ、息を吐いた。彼女は結局何も言わない。
「それで、ルース―――」
 ダリスの視線がルースへと移り、
「と、ラリス」
 ラリスへと続く。
「お前達二人には、シエスタに行ってもらう」
「……は?」
「え?」
 声をあげたのは、ルースとティムだった。
「シエスタに? ルースと二人で?」
 確認のために、ラリスが繰り返す。
「あぁ」
 ダリスはただうなずいた。ラリスは一瞬だけ考え込み、すぐにうなずく。
「わかった」
 え、とティムがラリスを見る。ルースも額を押さえて立ち上がった。椅子がガタリと動く。
「ちょっと待てちょっと待て! ラリスと二人でシエスタに? 理由がわかんねえよ」
「以前からラリスが行くことになっていたんだ。こいつ一人で行かせたくない」
 ダリスの言いように、ソナタが眉間にしわを寄せる。ラリスに向かって、呟いた。
「あんた、信用されてないのね」
「ダリスは心配性なんだよ」
 ルースとダリスの言い合いはまだ続いた。
「そもそも、シエスタ? やだよ俺。仮にラリスと他国に行くにしても、シエスタだけは願い下げだ」
 シエスタのみに対する拒絶のしように、ティムは首をかしげた。ウィルは、そんなティムの袖を引く。
「シエスタって?」
「あれ、前も言わなかったかな……。北の国だよ、とても寒い国。金髪の人が多いんだ」
「ルースは、どうしてあんなに嫌がってるの?」
「さぁ、僕もわからない」
 ウィルとティムは視線を戻し、二人を見つめた。
「シエスタにはもう既に話が通ってる。今さら無理ですなんてことにはできないんだ。わかるな?」
 とうとうルースは黙り込んでいた。ルースらしくないその様子に、ラリスが眉を寄せて呟く。
「反論すれば良いのに」
「責任逃れはできない性格だから、責任がのっかると動けなくなるのよね。ま、そこが良いとこだけど」
 ソナタの言葉に、ラリスは微笑む。
「よく見てるんだね」
「―――っ! て、っていうか、ラリスはシエスタに行きたいの? 行きたくないの?」
「ボクは……」
 ラリスは少し考えた。けれど、すぐにハッとしてソナタに向き直る。
「行くしか、無いから」
 笑顔を、ソナタはじっと見ていた。
 それは、無理矢理に笑っているような、強ばった笑顔。
「行きたくないなら、そう言えばいいのに」
 ボソリと呟くソナタの声は、ラリスの耳に届かなかった。
「ビビ、今なんて?」
「ほっといて頂戴」
 自分からダリスに言うことは可能だ、けれど、そんなことは許されない何かを、ラリスの笑顔に感じた。
 儚くて、消えてしまいそうで。
「ラリス、何か力になれることあったら、言ってよね」
 え、とラリスはソナタを見つめた。
「友達でしょ?」
 その言葉に、ラリスは心底驚いたように瞬いた。やがて、笑みを浮かべる。
「―――うん」
 その笑顔は、泣きそうで。
「約束よ?」
 ソナタもなんだか、泣きそうになった。


「それで、出発はいつだ」
「早ければ早いほど良い」
 ルースが問い、ダリスが答える。それなら、ルースが言った。
「明日だ」
 その場が瞬間的にざわめいた。
「そんな、急すぎない?」
 とティム。
「ラリス、問題ないな?」
 答えず、ルースはラリスに言った。ラリスは、うなずく。
「よろしくね。ルース」
 ルースはラリスをじっと見ていた。ラリスがうつむき、笑った後も、ただひたすら、ラリスを見つめていた。やがて顔をそらし、手の甲を口元に当てる。
 まるで表情を、隠すように。

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