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■神様の歌■第三章■第一話■

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 盛大な見送りを受けて、ラリスとルースは歩いていた。しばらくして、突然ラリスが笑い出す。気が付いて、ルースは隣のラリスを見下ろした。
「みんな、ボクにもう二度と会えないみたいな別れ方するんだよ。どう思う?」
「仲良かったもんな」
 無邪気な問いかけに、ルースは苦笑する。うん、とラリスが嬉しそうにうなずくのを見て、ルースは少しだけ声を立てて笑った。
「ラリス」
「何?」
 ルースはしばらく言葉を続けなかった。やがて、ポツリと問いかける。
「さっき、ティムと何を話してた?」
 ルースは黙って振り返る。足を止めたラリスを、じっと見下ろした。
「ティムと、去り際に何をしてたんだ?」
 ルースが思い浮かべるのは、二人の笑顔。照れたように笑っているのに、泣きそうなラリスの表情。
「……内緒」
 ポツリと、ラリスは呟いた。
 上目遣いにルースを見て、笑う。
「こればっかりは、ルースにも内緒」
 涙をこらえる真っ赤な顔で、心底幸せそうに、呟いた。



「それで、どうやって行くの?」
「普通に。変に遠回りしたって良いことないからな。ラデン側の街道を通って、アリナーデ、そしてシエスタに行く」
 そっか、とラリスは呟いて、踊るように一歩二歩とステップを踏んだ。しばらく繰り返したあと、突然ぴたりと止める。
「あれ、でもさ」
 首をかしげて、ルースを見上げる姿はまるで子供のようだった。
「ラデンには、入れないんでしょ?」
「ん? ああ。間違いなくビビの行方を聞かれるからな。後一年と少しなんだ。もちこたえないと」
「どうして、ソナタは殺されるの?」
「女王制に異議を唱えるものが出てきたからだよ。試しに王にしてみて、それで何事も起きないなら女王でないといけないなんてことないはずだろう、ってさ。力を失うのが怖いんだろう。って」
 変なの。ラリスは小さく呟いた。ルースは続ける。
「こんな事態になってる、根本的な理由は分からないんだ。上役が揃って何か隠してる」
「何かって?」
「俺はよく知らない。単なる診療所の手伝いだったから」
 ルースがそう言ってかわしても、ラリスは納得していないようだった。眉をひそめて首をかしげ、黙ったままルースを見上げている。
「……あぁっ」
 慌てたようにラリスが声をあげた、おどろいてルースは振り返る。
「なんだ」
「最初に言おうと思ってたこと、すっかり忘れてて」
「なにが」
「あのさ、ラデンに入れないならさ」
 どことなくラリスは困ったような顔をしていた。
「今日中にアリナーデに着くのは無理じゃん? 今日って、野宿?」
「………………」
 あれ? と首をかしげるラリスを放って、ルースは額を押さえた。そのまま黙って歩くのを、ラリスが小走りで追いかける。
「悪かった」
「え、え。なにが?」
 ラリスに指摘を受けたルースは、宿のことをすっかり考えていなかった自分に腹を立てていた。
 この時間帯に村を出てしまえば、買い物をしても、後はもう船に乗るしかない。夕方にラデンの港について、国の中に入らず港から直接街道に出れば良いと思っていたけれど……。
「夜、どうすっかな」
 ああ、と心底へこんだように呟くルースを気づかうように、ラリスが袖を引っ張った。
「大丈夫? ルース。ボクは別に野宿でも平気だよ?」
「平気なわけないだろ」
「なんで?」
「いくら整備された街道でも、たまにチンピラが出たり賊が出たりするんだ。ラデンの近くはそうでなくても、大陸にはラデン以上に治安のいい国はない。ってことは、アリナーデに近づくごとに危険は増すんだ。分かるだろ?」
 大またで歩くルースに追いつくように、小柄なラリスは始終小走りだった。でも、でも、と繰り返す。
「ルースがいるでしょ?」
 その一言で、ルースは思考を止め、足も止めた。ラリスも慌てて立ち止まる。
「ラリス、お前な……」
 心底呆れてため息をつく。
「全面的に俺をあてにしてるな?」
「そりゃもちろん」
 皮肉さえ満面の笑みで肯定されては敵わない。
「少しは自分で何とかしようとは思わないのか。なんだかんだ言っても俺はお前と同い年なんだぞ」
「うん」
 力いっぱい言うその肯定の意味が、ルースには分からなかった。
 ラリスが無言でルースのローブを払い、左の腰へと手を伸ばす。金属がこすれる音がして、ルースの背中に冷たいものが走った。ラリスに気付かれないつもりで隠し持っていた剣を抜かれ、ルースは息を呑む。
「お前ッ」
 何してる! そう叫びそうになるのをこらえ、目の前でラリスがしていることを凝視していた。
「ルースが人を殺すところは、見たくない」
 危なっかしい手つきで、右手で柄を持ち、左手で歯を持っていた。危ない、掌が切れる。そういった言葉がルースの頭を支配するが、上手く口にできない。
「だからルース。殺さないでね」
 危なっかしい手つきで持った剣を、ラリスは自分の首にあてがっていた。
 その表情は相変わらずの、穏やかな笑顔で。
「人を殺すために、この剣を振らないで」
 剣の重さに耐え切れなくなったのか、次第に震え始めていた。このままでは本当に危ないと、ルースがラリスから剣を取り上げる。
「約束はしないからな」
「そんな!」
「俺と、お前を守るためなら、俺は人殺しになることなんか怖くない」
「……そっか」
 心の底からガッカリした声なのに、ラリスはやっぱり笑っていた。心の底から悲しそうなのに、それでも気付かれまいとして。
 バレバレな表情を、押し隠しているつもりなのだろうか。
「どうしてお前は素直に表情を出さないんだ」
 ルースは片手を伸ばして、その頬をつまむ。
「痛いッ」
「お前が悪い」
 そんな風に笑うから、そうルースは付け足して、剣を収める。再び歩き出した。
「待ってよ」
 ラリスもまた、小走りで金髪を追う。

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