*

■神様の歌■第三章■第一話■

■3■
BACK TOP NEXT 

 船に乗り、船内で一眠りすると夕日に染まった船がラデンの港についていた。
「んー……」
 ラリスは空を見ながら心の中で呟く。
 ―――確実に、ラデンで一泊しないと野宿。
 それでも、ラデンで宿を取るわけにはいけない。分かっていたため、ラリスは口にしなかった。
 ラリスに気を使いつつ、港から直接街道へと出るため歩き出すルースのローブを、ラリスは掴む。
「ルース、ボクのことは気にしなくて良いから、進んで進んで」
「ラリス、お前さ……」
 まただ。ラリスはルースの口ぶりを聞いて小さく思う。たまに、ルースはこう続けて結局何も言わないの繰り返している。言わないか、別の話題にすり替えるか。
「夜とか、怖くないのか」
 ほら。
「ルースは怖いの?」
「俺は別に……」
「だったら、ボクも平気」
 我ながら妙な返しだと言葉を発してから気が付いた。まぁいいか、と黙ってルースについていく。
「ほんとにどうするか……。ラリス、疲れてないか?」
「ん? 平気だよ」
 ルースはどうなんだろう。ふと思ったけれど、ラリスは知っていた。皆が寝静まった後、村一番の使い手相手に、毎晩鍛えていたことを。
 体力、ついたんだ。半ば感心して、島の街に行く途中で剣を取り上げられた時を思い出す。
「ボクも、ちょっとは鍛えておけばよかった」
 無意識にラリスが呟くと、ルースが足を止めた。え、とラリスが見上げると、ルースは少し申し訳なさそうな顔をしている。
「やっぱ、疲れてるんだろ?」
「あ、いや。違っ」
 しまった。ラリスは慌てて言葉を捜す。
「さっきのはそういう意味じゃなくて……。ほら、ルースに気を使わせるのはやっぱり申し訳ないなーなんて……」
「ほらみろ、やっぱり疲れてるんじゃないか」
「う……」
 実際、疲れていないと言えば嘘になる。この場で野宿することにも異議はない。でも、ルースが責任を全部被るような顔をするから……。
 ルースが悪いんだ。
 ラリスは心の中でそう決め付けて、ルースの顔を見ずにそのまま歩き続ける。
「ほら、早く行こうよ」
 急かすラリスに、ため息をついてルースも歩いた。
「知らないからな」
「持久力はあるから、平気だよ」
 伊達に山に住んでいたわけじゃない。そう呟いて、ラリスは笑った。
 しばらく二人並んで歩き、ルースが立ち止まる。
「ラリス、そろそろ休もう」
「え?」
 ルースの言葉に振り返ると、ルースは森のほうを見ていた。
「何……」
「小屋がある。多分、旅人用だろう」
 言葉に首をかしげながら、ルースがいるところまで引き返す。視線の先には、小屋があった。
「野宿よりは、ましみたいだ」
「そうだね」
 ラリスは内心ホッと息を吐く。やはり、野宿よりは小屋が良い。
 二人は小屋に入ると、荷物を置いて座り込んだ。
 中を見回すと、寝台は一つ、毛布が数枚。この季節、ラデンの気候ならば一枚で足りるだろうから困らない。
 火を起こすための場所もあり、つい最近も誰かが使ったような後もあった。
「とりあえず、火、おこそうか」
 ラリスがノロノロと動き、部屋の隅にある焚き木をくべる。そこに手をかざし、数秒後には煌々と火が燃えていた。
「……何をした」
 ルースが眉を寄せ、聞いてくる。ラリスも変に隠したりせずに、正直に答えた。
「うん、『村』の人特有の、『ちから』だよ」
「神話で言う、セイカ達が持っていた『魔法』か」
「そうだね。セイカ様みたいに、強くないけど。ほとんど同じもの。ただ……少し……」
 ラリスの視界が、霞んだ。右半身に、強い衝撃が襲う。
「ラリスッ」
 ルースの声を聞きながら、ラリスはへらりと笑った。
「ちょっと、疲れちゃうんだ」
 ため息が聞こえて、傍によって来るルースの足音が続いた。
 なんだろう、と思う間もなく、ルースに抱えられる。
「何?」
「寝てろ」
 寝台の上にのせられて、薄い毛布を投げられる。驚いてルースを見ていると、ルースは毛布に包まって、寝台にもたれて床に座った。
「ルースはそこでどうすんのさ?」
「俺はここでいい」
「そんなっ、ここ見つけたのルースじゃん。いいよ、ボクが床で寝る」
「俺はここで良いんだよ」
「どうして?」
 何気なく聞いた問いだった。それなのに、ルースは答えない。
「それとも、一緒に寝る? よって寝たほうがあったかいかも」
 これも冗談だった。ルースがそうするといえばそうしたし、そうしないといえばそうしない。それだけの言葉。
「するかバカ」
 想像以上の鋭い拒絶に、どこかむっとする。
「なんだよ。そんな言うことないじゃん」
 本音半分で言葉をぶつけると、目の前のルースは盛大に息を吐いた。
「何?」
 ルースと目が合って、ラリスは首をかしげる。なんでルースはこんなに呆れているんだろう。理由が分からず、戸惑った。
「ラリス、お前な……」
 あぁ、まただ。
「俺が、気付いてないとでも思ってるのか?」
 あれ。
 瞬きを繰り返して、ルースを見返した。いつものように、話をすり替えたようには見えない。ラリスは少し考えて、ハッと口を押さえる。
 まさか―――。

「お前、そんななりでも女だろ」

 ルースの言葉に、ラリスは二の句がつげなかった。
「だから、ダリスだってお前を一人でシエスタまで行かせたくなかったんだぞ」
 困った。内心正直に呟いて、ラリスは毛布を被る。悪びれもせずに、舌を出した。
「……いつから気付いてたの?」
「最初から」
 まいったなぁ。ラリスは一人で笑って、寝台の上で丸くなる。
「喧嘩してたとこから?」
「疑ってたよ、まさかなって。すぐ後に背中に乗せて、確信した」
「そっか」
 ラリスは一人でクスクスと笑う。
「ま、一年も一緒に暮らしてたら、そのうちばれると思ったけどさ」
「っていうかな、気付いてないのは、ティムとソナタぐらいだぞ」
「ティムも気づいてるよ?」
 ラリスがそういうと、ルースは驚いたように目を丸くした。
「優しかったもん」
 ラリスが嬉しそうに笑って見せると、そうか、とルースも目元を和ませた。
「よかったな」
「何が?」
「ティムと仲良くなれたんだろ?」
「……うん。嬉しかったな」



 照れたように自分の髪を触るラリスを見ながら、男だと思うほうが難しい。ルースはそう思った。
「お前、もうすぐ十六だろ」
 何気無しに問いかける。うん、とラリスは返した。
「二ヶ月以上先だけどね。ルースはもう十六だっけ?」
「あぁ、今月な」
 呟いて、何を聞いているんだろうと息を吐く。立てた膝に顔を押し付けて、目を閉じた。
「もう寝ちゃうの?」
 ラリスの声に、ああ、と内心で言葉を吐きながらと顔を上げた。
「明日、朝早くから歩いて、アリナーデには夕方に着くんだぞ。ちゃんと寝とけ」
「だって」
「だってもなにもない。寝ろ」
「眠くないし」
 ルースは呆れて何も言えなかった。ふと何気なく握った自分の手を見下ろすと、先ほど抱えたラリスの感触を思い出してしまう。
「ラリスさ」
「うん?」
「お前、絶対痩せてる」
 返事はしばらく返ってこなかった。
「えー……。そんなこと、ないよ?」
 歯切れの悪さに、振り返って寝台に横になっているラリスと向き直る。
「ちゃんと食ってるのか?」
 村での食生活を思い出し、確かにラリスは食べていたと思った。もともと年齢にしては華奢だと思っていたが、それにしたって……。
「食べてるよー? それはさ、ほら、あれだよ」
 ラリスは言いながら、ルースに向かって手を伸ばした。ルースの手を握り、しばらく遊ぶ。
「ルースが、ちゃんと鍛えてる証拠でしょ」
 パッと手を離し、ラリスは微笑む。
「うん。……すごいなぁ、偉いよ」
 無邪気に笑うラリスを見て、ルースは視線を逸らした。黙って、その場で片膝を抱える
「もう、寝ちゃうの?」
「……」
 ルースは答えなかった。背後でラリスが身じろぎする音を聞きながら、そのままの状態で眠ろうとする。
「ルース」
 呼ばれても、答えない。
「……お休み」
 柔らかな声だった。
 返事をしようかどうしようか迷っている間に、眠気に襲われた。



 まだ外は暗かった。
 おこした火は既に消えていて、ルースは寝台を振り返り、ラリスを起こそうと手を伸ばす。
「ラリス、起きてるか」
「ん?」
 寝ぼけた声がした。ルースは苦笑をかみ殺して、ラリスの身体をゆする。
「シエスタに行くんだろ。起きろって」
「うん―――。ん? えへへ」
 ラリスはまだ寝ぼけていた。
「なんか、暗いねぇ」
 眠そうな声だったが、今度はちゃんと言葉を発していた。徐々に目を覚ましているということがわかり、ルースはさらに身体をゆする。
「ラーリースー」
「はーあーいー」
 寝ぼけたラリスの、力の抜ける返しに、ルースはため息をついて肩を下ろした。
 寝台に頬杖をついて、その寝顔を眺める。
「こいつ、こんな寝起き悪かったのか?」
 村では基本的にラリスのほうが早く起きているため、ラリスの目覚めを見たことは一度も無い。けれど、ダリスが起こしているようには見えなかったため、自力で起きていたはずなのだが。
「……まさか、コイツ全く寝てないとか?」
 ありえないことはなかったが……。それは、ルースが信用されていなかったということと同じだ。
「まぁ、いいか」
 どうせ急ぐ旅ではないし、ラリスに無理をさせる理由もない。
 ルースはそう決めて、毛布に包まりなおし、ラリスが起きるのを待った。

BACK TOP NEXT