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■神様の歌■第三章■第一話■

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 それからまたしばらく歩いた後、ラリスは口を開いた。
「不思議な人だったね。シアさん」
 いったい何者? とラリスは笑いを含ませてルースに問いかけた。
「さっき本人が言ったように、ラデンの筆頭貴族の娘だよ」
 言いながら、ルースが歩き出す。ラリスもゆっくりと後ろについた。
「頭がよくて、武芸をたしなんでて。男であればよかったのにといろんな人から言われてたけど、誰よりも女らしく振舞うことができてた。嫉妬と皮肉と嘲笑をあわせ持ったいろんな陰口を、あいつはいつも挑戦的な目で笑い飛ばしてた」
『羨ましいなら変わってあげるわ』
 想像するラリスの目に、彼女のそんな姿が見えるようだった。
「そっか。強い人なんだ。たくさん苦労したんだろうな」
「俺はしばらく関わり合いにならなかったけどな。ふとしたことである日言葉をかわすようになったんだ」
「ふとしたこと?」
 ルースは小さく笑った。
「俺とティム。王家にかくまわれてる国外出身の拾われ子って言うのは、努力もしていない幸せものってことで、嫌われ者になるらしい。幸い、ティムは人に好かれる子どもだったし、王は俺しか学校に行く資金を出さなかった。だから、ティムが妬まれることは無かったんだけどな」
「……ルースは?」
 じっと背中を見ていると、ルースは振り返った。
「俺は、成績優秀で、さっきシアが言ったように女に毎日纏わり着かれてた。そんなこんなで生意気だった俺はどうも男に好かれなかったらしく、ある日とうとう囲まれたんだよ」
 想像しやすい図だった。ラリスも、何度か街でそういう目にあっている。
「一番言われたくなかったことを言われて、頭に来て、数人相手で喧嘩になった。そこに通りかかったシアが、なんて言ったか。ラリス、想像できるか?」
「……えーと」
 突然話を振られて、ラリスは苦笑した。
「弱いものいじめはするなーとか?」
 ルースに申し訳なく思いながら、ラリスは呟く。ルースは苦笑しながら首を横に振った。
「違う。楽しそうじゃないか、自分もいれろ。そんな感じのことを高らかに言って、俺に殴りかかってたやつに膝蹴り食らわしてた」
「味方になったんだ」
「女のクセに大したヤツだよ。ほとんど一人で全員倒してた」
「ルース、喧嘩弱かったんだね」
「ああ、学校に通わせてもらってる王のためにさ、いつか―――国の、ために……働けるようにって、勉強ばっかりしてたし」
 歯切れの悪い言葉を不思議に思いながら、勉強するルースを思い浮かべて、ラリスは笑った。ルースの『一番言われたくない言葉』は、あえて聴かなかった。
「それから、シアさんは良い友達になったんだ」
「年下のクセに、俺より二つ上の科目をとって俺より早く卒業した。本当にすごいヤツで、尊敬してるんだ。今も」
 静かにラリスは視線を落とす。
 ルースには、良い友達がいたんだとラリスは思った。ラリス自身に、そんなものはなかった。
 村の子ども達からはいつも頼られる存在で、年の近い子どもはいなかったし、年上の人たちからはいつも心の離れたところから触れられていた気がする。
 羨ましかった、ルースが。
 だから、この一年がとても楽しかったのだ。辛いこともあったけれど、胸に秘めている物が痛むこともあったけれど、それでも確かに自分は幸せだった。
 自分の足元を見つめたまま、息を吐く。
「ラリス」
 頭上で声がした。ゆっくりと顔を上げると、ルースが優しい目でラリスを見ている。
「もうすぐだ」
 前方を示す言葉に、ラリスは黙って視線を向けた。
 小さな明かりが見える。
「ラデンとアリナーデの、国境?」
 ラリスの頬がかすかに緩んだ。いろいろ考えていたせいか、今すぐ眠りに落ちたい気分だった。
「急ごう」
 ルースだって疲れているはずだ。おぶさってもらうわけには行かない。ラリスは気力を絞って、足に力を込めた。

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