「こんなの嘘でしょう。ダリスさん」
「あぁ、嘘だ。だから信じるな」
ダリスは問いかけてきたソナタではなく、ウィルに向かって言っていた。
「ウィルには関係ないことだ」
「そんな信じられるわけ―――」
「だいたい」
ダリスはティムの言葉にかぶさり言った。
「お前らに、黒髪の人間の知り合いが、何人いる?」
言われて、ティムは黙り込んだ。ソナタが答える。
「ウィルとティムを入れて、四人だわ」
「ああそうだ、四人もいる。二人じゃない。よって、その本はデタラメだ」
「本当に?」
ティムは、じっとダリスを見ていた。
「ああ、ウィルは生贄なんかじゃない」
「……ダリスさん」
小さくティムは呟いた。
「ウィルを生贄なんかにしたら、僕は絶対許さない」
低く呟いて、ティムは部屋から出て行った。ソナタはすぐ傍に立つウィルを見る。
「ウィル、平気? ただの御伽噺みたいよ。気にすること無い」
「……ダリスさん」
ウィルはかすかにうつむいたまま、ダリスを見上げる。
「私じゃない生贄が、いるの?」
「……」
ダリスは答えない。ダリスを見たまま、ウィルはソナタに問いかけた。
「ソナタ、変なこと言っても良い?」
「な、何よ、変なことって」
うん、とウィルはうなずく。
「リシアは人じゃなくて魔女でしょう? なら、ジンさんは?」
え、とソナタの声がした。
「ジンさんは、人じゃなかったらなんなの?」
「何言ってるのよウィル! ジンさんは人に決まってるじゃない! ただの港の監督者よ?」
「ウィル」
短く響く、ダリスの声。
「ジンさんのことは、本人に直接聞いたほうが早い」
「どうしてダリスさんまで、ジンさんが人じゃないみたいな言い方するの? やめてよ!」
ソナタの声が虚しく響く。否定してくれる人はいない。
「魔女および魔法使いは、ラデンの国立図書館に登録されてる。現在登録されているのは、百年以上前から書かれたままの、二人だ」
「その、名前は?」
「リシア・ウィッチと」
ダリスは言葉を切った。
「リシアが、『コル』と呼ぶ者だ。残念ながら、『ジン』じゃねえよ」
「……」
聴いたきり、ウィルは身を翻して部屋を出て行った。残されたソナタは困ったようにダリスを見ている。
「からかわないでよ。ティムもウィルも、真面目な性格してるんだから」
ダリスはソナタを見て息を吐いた。なによ、とソナタが眉間に皺を寄せると、ポツリと呟く。
「あんたには、全部知る義務がある」
「え、義務?」
背筋に流水を注がれた気分になった。ソナタは無意識に自分の腕を握る。
「そのうち話す」
ソナタを残し、ダリスもその部屋から出て行ってしまった。ソナタは、その場にぺたんと座り込む。
「権利じゃなくて、義務なのね。それじゃ、聴きたくないとは言っちゃいけないんだわ」
逃れることはできないということか。
王族の、義務。
自分の誇りとして、言い聞かせてきた言葉だ。
それでも、
「かなしいのは、嫌ね」
自嘲気味に笑って、ソナタは立ち上がった。元の部屋に戻って、読みかけだった本を取る。
「……」
手に取った本は開かず、ソファの上でうずくまった。
村の隅、ウィルは本を手に座り込んでいた。
「その本は、返してくれないか」
声に振り返ると、ダリスだった。ウィルは無意識にじっと彼を見つめる。
「ホーリー王家が代々書き連ねてきた『歴史』の一巻だ。失くせない」
ウィルは何も言わなかった。困ったように、ダリスは息を吐く。
「ウィル」
「わかった。返す」
口ではそういうものの、その表情は不服そうだった。
「私は、さっきの質問の、答えが欲しい」
「俺から言うべきではない。俺一人の判断で伝えることはできない」
「……私、この前ホーリー王国の遺跡で」
突然ウィルは言葉を切った。珍しく、迷うように瞳を逸らす。
「どうした?」
ダリスの問いにも、すぐには答えなかった。
答えなかったのではない、答えられなかった。ウィルの中で、何かの意思が働いた。
―――大事ナコトハネ、マズ、一番大事ダト思ウ人ニ伝エルモノナンダッテ。
優しい笑顔と共に思い出す言葉に、体の震えが止まらない。様子の変わったウィルに驚いているダリスにかまわず、静かに、ウィルはダリスの目を覗き込んだ。
「ねぇ、ダリス」
「……」
「村は、どこまで私の知らない私のことを知ってるの」
「残念ながら、大体の部分は記録に残ってる。知っているのは村の大人たちだけだ」
ウィルは眉間にしわを寄せた。息を吐いて、視線を落とす。忌々しげに、呟いた。
「記録に残るような、人間だったの」
ダリスは答えなかった。
そのまま、ウィルはダリスに背を向けた。村の外へ、歩き出す。
「どこへ行く」
「ただの散歩。人に見られるようなところには行かない。わかってる」
立ち止まり、呟く。
「私の髪の色は、目立つんでしょう?」
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