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■神様の歌■第三章■第二話■

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「こんなの嘘でしょう。ダリスさん」
「あぁ、嘘だ。だから信じるな」
 ダリスは問いかけてきたソナタではなく、ウィルに向かって言っていた。
「ウィルには関係ないことだ」
「そんな信じられるわけ―――」
「だいたい」
 ダリスはティムの言葉にかぶさり言った。
「お前らに、黒髪の人間の知り合いが、何人いる?」
 言われて、ティムは黙り込んだ。ソナタが答える。
「ウィルとティムを入れて、四人だわ」
「ああそうだ、四人もいる。二人じゃない。よって、その本はデタラメだ」
「本当に?」
 ティムは、じっとダリスを見ていた。
「ああ、ウィルは生贄なんかじゃない」
「……ダリスさん」
 小さくティムは呟いた。
「ウィルを生贄なんかにしたら、僕は絶対許さない」
 低く呟いて、ティムは部屋から出て行った。ソナタはすぐ傍に立つウィルを見る。
「ウィル、平気? ただの御伽噺みたいよ。気にすること無い」
「……ダリスさん」
 ウィルはかすかにうつむいたまま、ダリスを見上げる。
「私じゃない生贄が、いるの?」
「……」
 ダリスは答えない。ダリスを見たまま、ウィルはソナタに問いかけた。
「ソナタ、変なこと言っても良い?」
「な、何よ、変なことって」
 うん、とウィルはうなずく。
「リシアは人じゃなくて魔女でしょう? なら、ジンさんは?」
 え、とソナタの声がした。
「ジンさんは、人じゃなかったらなんなの?」
「何言ってるのよウィル! ジンさんは人に決まってるじゃない! ただの港の監督者よ?」
「ウィル」
 短く響く、ダリスの声。
「ジンさんのことは、本人に直接聞いたほうが早い」
「どうしてダリスさんまで、ジンさんが人じゃないみたいな言い方するの? やめてよ!」
 ソナタの声が虚しく響く。否定してくれる人はいない。
「魔女および魔法使いは、ラデンの国立図書館に登録されてる。現在登録されているのは、百年以上前から書かれたままの、二人だ」
「その、名前は?」
「リシア・ウィッチと」
 ダリスは言葉を切った。
「リシアが、『コル』と呼ぶ者だ。残念ながら、『ジン』じゃねえよ」
「……」
 聴いたきり、ウィルは身を翻して部屋を出て行った。残されたソナタは困ったようにダリスを見ている。
「からかわないでよ。ティムもウィルも、真面目な性格してるんだから」
 ダリスはソナタを見て息を吐いた。なによ、とソナタが眉間に皺を寄せると、ポツリと呟く。
「あんたには、全部知る義務がある」
「え、義務?」
 背筋に流水を注がれた気分になった。ソナタは無意識に自分の腕を握る。
「そのうち話す」
 ソナタを残し、ダリスもその部屋から出て行ってしまった。ソナタは、その場にぺたんと座り込む。
「権利じゃなくて、義務なのね。それじゃ、聴きたくないとは言っちゃいけないんだわ」
 逃れることはできないということか。
 王族の、義務。
 自分の誇りとして、言い聞かせてきた言葉だ。
 それでも、
「かなしいのは、嫌ね」
 自嘲気味に笑って、ソナタは立ち上がった。元の部屋に戻って、読みかけだった本を取る。
「……」
 手に取った本は開かず、ソファの上でうずくまった。



 村の隅、ウィルは本を手に座り込んでいた。
「その本は、返してくれないか」
 声に振り返ると、ダリスだった。ウィルは無意識にじっと彼を見つめる。
「ホーリー王家が代々書き連ねてきた『歴史』の一巻だ。失くせない」
 ウィルは何も言わなかった。困ったように、ダリスは息を吐く。
「ウィル」
「わかった。返す」
 口ではそういうものの、その表情は不服そうだった。
「私は、さっきの質問の、答えが欲しい」
「俺から言うべきではない。俺一人の判断で伝えることはできない」
「……私、この前ホーリー王国の遺跡で」
 突然ウィルは言葉を切った。珍しく、迷うように瞳を逸らす。
「どうした?」
 ダリスの問いにも、すぐには答えなかった。
 答えなかったのではない、答えられなかった。ウィルの中で、何かの意思が働いた。

 ―――大事ナコトハネ、マズ、一番大事ダト思ウ人ニ伝エルモノナンダッテ。

 優しい笑顔と共に思い出す言葉に、体の震えが止まらない。様子の変わったウィルに驚いているダリスにかまわず、静かに、ウィルはダリスの目を覗き込んだ。
「ねぇ、ダリス」
「……」
「村は、どこまで私の知らない私のことを知ってるの」
「残念ながら、大体の部分は記録に残ってる。知っているのは村の大人たちだけだ」
 ウィルは眉間にしわを寄せた。息を吐いて、視線を落とす。忌々しげに、呟いた。
「記録に残るような、人間だったの」
 ダリスは答えなかった。
 そのまま、ウィルはダリスに背を向けた。村の外へ、歩き出す。
「どこへ行く」
「ただの散歩。人に見られるようなところには行かない。わかってる」
 立ち止まり、呟く。
「私の髪の色は、目立つんでしょう?」

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