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■神様の歌■第三章■第四話■

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 話が終わり、部屋に集まっていた者達は解散した。二人だけ、残って会話を続ける。
「それで? お前はいったい何をしに来たんだ」
「言ったでしょー? 貴方を殴りに来たのよ」
「見張りはどうした」
「あんなへなちょこ相手じゃね。もう少し強い人はいないの」
 この女、化け物か。と、ダリスは額を手で覆う。彼らとてラリスほどじゃなくとも不思議な力を使ったはずだ。それに、生身の人間が勝ったというのか。
 唸るダリスをよそに、ポツリとシンシアが呟いた。
「ルースの願いが、変わってなかったのよ」
「願い?」
 こくりと、シンシアはうなずく。
「いつか聞いた、彼の願い。何を捨てでも、叶えると誓った願いが、変わってなかったの。ううん、それどころか、強くなってた」
 だから、とシンシアは言う。けれど、言葉はそれ以上続かなかった。
 両手を握り締めて、キッとダリスを睨みあげる。ダリスは呆れたように両手を挙げた。
「あんたはどう思うか知らないけどな、俺は俺の義務を全うしているだけだ。ルースの願いなんて知らない」
「セーラの願いも?」
「あいつはもとよりそうであれ≠ニ定められていたんだ。今さら抗う方がどうかしてる。そもそも、あいつはそれを望んでいない。全て受け入れている」
「極悪非道」
「なんとでも言えばいい。この世界に生きている限り、知っていようが知らなかろうが、全てが罪びとだ」
 シンシアは顔を背けた。ボスンと、横に突っ伏する。
「そんなのってないわ。選べる権利があったっていいはずよ。いいはずじゃない」
「ウィルのようにか」
 淡々としたダリスの言葉に、シンシアの返事は遅れた。
「そう。あたしは、詳しいことを知らないけど」
「あいつだって、選んだわけじゃない」
「……」
 とうとう彼女は答えられなくなった。さらに追い討ちをかけるように、ダリスはただ呟く。
「死ぬよりつらいことだって、あるんだ」



 村の入り口、ポツンとたたずんでいるウィルの背後から、ダリスが声をかけた。
「寂しくなるな、お前は」
「平気」
「お前はここで何をしているつもりだ」
「遺跡に行きたい。あそこにいたい」
「行く時は声かけろよ、止めたりしないから」
「わかった」
 そうしてウィルは小さく笑った。
 振り返り、ダリスの横をすり抜ける。与えられた部屋へと向かう。
 彼女は、村での役割を果たしながら、ティムの帰りを待つことに決めたのだ。
 もう、彼らはいない。
 部屋に戻ると、壁際に置かれた絵が目に入った。ウィリアム≠ニ名前の入ったあの絵を、ウィルはじっと見つめて小首をかしげる。
 何かが腑に落ちなかった。何か、この絵に対して重大な勘違いを犯している気がした。
 けれど考えてもわからず、ウィルは小さく息を吐く。寝台を眺めて、その上にぱたりと倒れた。
「平気」
 静かに自分に言い聞かせる。
 ティムから差し出される手に、いつまでもしがみついているわけには行かないのだと。いつか、並んで立つことができるように。
 絵に目を向けたまま考え込んでいたら、ふと、ラリスの顔を思い出した。
 最後に見た彼女は、とても嬉しそうな顔をしていた。
 最後に交わした言葉は、なんだっただろうか。
『元気でね、ウィル』
 綺麗な笑顔で、彼女がそう言ったのを覚えてる。
 次々に思い浮かぶものに、心のどこかでウィルは戸惑っていた。最後に見た、ラリスの嬉しそうな顔。ティムと話している、あの嬉しそうな姿。同時に思い浮かんだのは、ティムの言葉で、
『好きだよ』
 どこかの痛みに、ウィルはぎゅっと目を閉じた。ラリスを嫌いになりそうになる自分がわからなくて、ウィルは自分を嫌いになりそうだった。

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