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■神様の歌■第三章■第五話■

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 天蓋に覆われた寝台の中で身動きする影に、ルースは素早く顔を上げた。
「起きたか」
 問われて、中にいる影が小さくうなずく。
「まだ寝ていろ。シエスタからの迎えは、まだこない」
 ルースの言葉に、影は寝台の上に舞い戻った。乾いた音に、倒れこんだ様子が想像できる。
 何も言わないことが気になり、ルースは寝台に歩み寄った。ルースの接近とあわせて、細い腕が、薄いとばりを掻き分けた。その手を、握ってやる。
「ティムの声が、聞こえた気がした」
 小さな声で囁かれた言葉に、ルースは首を捻った。
「あいつが、こんなところにいるわけ無いだろう」
「泣いてた」
 その声が泣きそうで、ルースは握る手に力を込める。
 とばりの奥で、泣きそうなまま、声が笑った。
「ボクは平気だよ。このまま、どうかなったりなんてしないから」
 心配しないで、と声が呟く。
「けど無理をさせた」
「二人についていけなくて、途中で倒れちゃったのは、ボクだから」
「お前の弱さをわかってなかった」
 うなだれるルースの手に、おずおずと手が絡んだ。
「何を言っても、ルースは自分を責めるね」
 ルースは答えなかった。響いたノックの音に、ゆっくりと絡んだ手を解く。
「すぐ戻る」
 そう言ってルースは寝台から離れ、開け放たれた扉をくぐった。ぐるりと視線だけで部屋を見て、息を吐く。
 見てわかるほどの好待遇に、呆れるしかなかった。与えられた部屋は、二部屋続き。居間と寝室で、さらに隣の部屋にはいつでも医師が待機している。
 苛立ちを覚えつつ、再び鳴った扉を開いた。
 濃い茶髪の青年が、ルースを見て目を見張る。すぐに頭を振りルースごしに室内を見た。
「彼女がきていると聴いた」
「あんた誰だ」
「忘れたのか? ラナイトだよ」
 問い返す前に、彼はルースを押しのけ、部屋に踏み入る。そのまま寝室へ入ると、小さな声が響いた。
「ルース?」
 声が聞こえたとたん、ラナイトが寝台に駆け寄り膝を着いた。
「大丈夫か」
 心の底から心配そうな声で、彼は問う。
「わぁ……」
 声は驚いたように呟いて。
「久しぶりだね、ラナイト」
 声だけで、その名を当てた。
 ラナイトが何か言おうとするのを、ルースが肩を掴んでさえぎる。
「何をしに来た。こいつは眠らないといけないんだ。今すぐ出て行け」
「ルース、この人は―――」
「この男が誰だろうと、俺には関係ない。話すなら、回復してから話せばいいだろう」
 その言葉に、二人は一瞬呼吸を止めた。
「……そうだね」
 声は小さくうなずき、またね、と告げた。そうしてようやくラナイトが立ち上がる。
「ルースを借りても良いかな」
「どうぞ」
 くすくすという笑いと共に、声が返り、本人の了承を得ぬままラナイトはルースを引っ張り寝室から出た。丁寧に、開け放たれていた扉も締めて。
「なんの用だ」
「ソナタ王女を、ラークワーナ王家で保護することになった」
「そうか」
「ティムもいる。今、この城に」
 とっさに、ルースの表情が固まった。ラナイトはそのまま続ける。
「玄関ホールに足を踏み入れたとたん、パニックに陥り、今は眠っている」
 駆け出しそうになる衝動を、ルースは必死でこらえた。
「貴方たちがここにいると言うことは知らない。離宮に案内したが、無闇に出歩かないことをオススメするよ」
「わかった。忠告には、感謝する」
 表情が硬いままのルースを、ラナイトはじっと見つめた。少しして、眉を下げる。
「疲れているな」
「出会ったばかりのやつに、何がわかる。もとからこの顔かもしれないだろう」
「一晩中、彼女に着いているのか」
 その問いに、ルースは、答えなかった。
「そんなに、僕らは信用無いか」
 答えない。
「僕らのことが、嫌いか」
 答えなかった。ラナイトは小さく息を吐いて、質問を変えた。
「彼女のことが、そんなに好きかい?」
 ようやく、ルースは口を開く。
「好きとか、愛しいとか」
 低く、呟いた。
「そんな、単純なものじゃない」
「けど、複雑なものではないだろ?」
 間髪いれずそう問われ、やっとルースの表情が緩んだ。首をふって、廊下へと続く扉を開く。どちらにしろ、ラナイトには今すぐ出て行って欲しかった。今、一瞬だって彼女の傍を離れていたくなかった。ラナイトはそれを察したのか、最後にと前置きして、言う。
「連れは、本当に町の宿でよかったのか」
「かまわないと笑っていた」
 そうか、とラナイトは笑みを浮かべた。ルースが帰るよう促すと、突然ゴン、と頭に拳を乗せられる。そして何も言わずに、部屋から出て行った。
 ルースはしばし呆然としながら、その後ろ姿を見送った。拳の乗せられた感触の残る頭に手をやって、苦笑する。静かに扉を閉めて、すぐに寝室に戻った。
「ラナイト、なんて言ってた?」
「一人で背負い込むなと、怒られた」
 言うと、あれ? と声が不思議そうに言う。
 ルースは少しして、「もう寝ろよ」と呟いた。「ここにいてやるから」
「うん」
 声は嬉しそうに言葉を返し、やがて静かになる。
 ルースはその場に座り込み、寝台にもたれて膝を抱えた。更けていく空を見上げながら、静かに目を閉じた。

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