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■神様の歌■第四章■第1話■

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「何しに、きたの」
 プラチナの髪、碧い瞳。見た瞬間、シエスタの王族だとわかった。だから、ラリスは開口一番にそう言った。  かまわず、スティールはにっこりと微笑む。
「ラリス≠殺しに」
 約束したはずだけれど? あっさりと告げられても、ラリスは怯まない。
「まだ、ボクは一五だ」
 約束と違う。年齢を告げ、ラリスは何とか自分を保つ。
 けれど悪びれもせず、スティールは言い返す。この娘は、本当はいくつなのかと年齢を疑いたくなるほど、堂々とした面持ちで。
「クロウがお待ちかねなんだ」
 名を聞いた瞬間、ラリスの身体は強ばった。思い出すのはひたすら白。顔も知らない、それなのに、名前を聞くだけで身がすくむ、自分と同い年の青年の名前。
 そんなラリスの様子見て取って、スティールは微笑む。
 無意識に、ラリスは首を振った。
「……いや……」
「選択権なんてないの」
 一歩、スティールはラリスへと近づいた。同じだけ、ラリスはスティールから離れようとするが、慣れない衣服のせいで、思うようにいかない。
 鋭い瞳で、スティールはラリスを射抜く。
「戻りなさい。―――=v
 言葉に続いた、自らの名に、ラリスの頭は真っ白になる。
「貴方が、生かされてきたのは―――」
「クロウのところには行きたくない」
 言葉を遮るように、ラリスはやっとの思いで声をあげた。
「あの人は怖い、とても。会いたくな―――」
 ふ、と深まったスティールの笑みに悪寒を感じて、ラリスは口を閉ざした。ラリスはもう動けない。
「逃げるの?」
 問われて、ハッと口元を押さえた。
「逃げるのか? 自分かわいさに。代わりに、あの子がどうなっても―――」
「嘘!」
 悲鳴のように、ラリスは叫んだ。
「嘘、嘘だよ。そんなこと言うわけないじゃん。どこへでも連れてけば? クロウのところへでも、地獄へだっ―――」
 言葉は途中で途切れた。背後から腕を強く引かれ、ラリスはスティールから引き離される。ラリスとスティールの間に、割り込んだ影があった。
「何の話?」
 走ってきたのか、息を上げたティムが、ラリスは庇うようにスティールと対峙していた。
 わけがわからず、ラリスは小さく呟く。
「どうして」
「騎士の登場、ってわけ、か」
 肩をすくめ、スティールはティムを真っ向から睨んだ。
「どいて頂戴。あなたに用は無い」
「ラリスをどこに連れてくの。さっきの、脅しだったよね?」
 パリッ、と、どこかで音がした。ハッとラリスは顔を上げる。
「だめ、だめだめだめ! だめだよティム、勝手なことしないで。この人は、シエスタ国の―――」
「王女様だって、関係ない」
 当たり前のように、非常識なことを呟くティムに、ラリスはうろたえる。こんなティムを、ラリスは知らない。
「離さないって、決めたんだ。一度離して、後悔したから」
 破裂音のする間隔が、徐々に狭くなる。さすがにスティールも気が付いたのか、苦笑を浮かべた。
「こんなところで、力を使うつもりか?」
「思い出したものを、守りたいもののために使うだけだ」
「どっちにしろ、暴走させるだけならこの辺り全てを吹き飛ばす。目も当てられない事態になる」
「なら、貴方がこの場から立ち去ればいい」
 睨み合いに、ラリスはハラハラとその様子を見守る。
 視線を逸らして、辺りに人影を探すが、見当たらない。どうしようと視線を戻した時、視界に映る景色が変わった。
「待て!」
 スティールの声を背後に聞きながら、ラリスは走っていた。ティムに腕を引かれて、躓きそうになりながら。
「どこに行くつもり」
 何とかそう問うけれど、ティムは答えない。適当に走っているように見えて、ティムは的確に裏門をくぐった。そうして城の敷地から飛び出した。めまぐるしく変わる景色、街中を走る。
「ティム!」
 ラリスが身に纏うのは、ソナタから借りたもの。中でも一番シンプルなものをと頼んだのだが、それでも見た目の高級感はぬぐえない。そんな格好で街中を走るのは―――。
 突然、気が変わったようにティムの足が止まった。ラリスが疑問に思いつつ息を整えていると、再び走り出し、大通りから路地へと道を変える。問いかける気力はもう無く、ラリスはティムについていった。
 やがて、緩やかにティムは立ち止まる。同じつくりの家々が立ち並ぶ、屋敷郡の入り口。ラリスは屋敷郡を前に目を見開き、ティムを見る。
「どうしてここに」
「わからない」
 そしてティムは額を押さえる。痛むのか、表情を歪めた彼は、そのまま……。



 扉がノックされ、ラリスははッと顔を上げる。寝台から立ち上がり、扉を開いた。
「寝てなかった?」
 開いた瞬間そう問われて、ラリスは面食らう。やってきたのは、表情の硬い少年で、ラリスはその見覚えのある彼をじっと見つめ、ためしに名前を呟いた。
「……アウル?」
 少年はうなずき、ラリスを押しのけて部屋に入る。振り返ったかと思えば、ぐいぐいとラリスを寝台へと押しやった。
「寝ていろ」
「それよりティムは?」
「起きた、でも寝た。好きなだけここにいればいい」
 言葉を繋げず、必要な言葉を頭に浮かんだ順に口に出すのは、どこか浮世離れした雰囲気をかもし出していた。アウルの指示するとおりに横になると、その傍ら、絨毯の上に、アウルは座り込む。
 呆れてラリスが言う。
「椅子持ってくればいいのに」
「別に」
 素っ気無く返される。
 けれど、この空気は懐かしかった。ラリスは、言葉を選ぶように考えつつ、けれど結局、思ったままを口にした。
「変わらないね、アウル」
「……」
 アウルはしばらく沈黙し、やがて、その仏頂面を僅かに崩した。
「お帰り、ラリス=v
「ティムが言ったの?」
「最初、誰のことかと」
 ラリスは小さく微笑み、目を閉じる。その傍らで、アウルはラリスに問いかける。
「さっき、寝てなかった?」
「うん、ずっと起きてたよ」
「なら」
 一度、アウルは言葉を切った。ラリスは、続く言葉を予測し、ただ黙って待つ。
「なら、まだ、治ってないのか」
「うん」
「一人で、眠れないのか」
「そう」
「そんなに、怖いか?」
 答えず、小さくうなずく。そっか、とアウルは返し、その場から動く様子はない。
「そんなんで、今まで夜、どうしてた」
「村では、ダリスさんが。あとは―――」
 ラリスが口ごもると、アウルが不機嫌な声を出す。
「名無しか」
「ルースだよ」
「ルース?」
「金髪の」
 ラリスが言えば、アウルは黙る。聞こえよがしに息を吐いて、また静かになった。
「アウル?」
「ここにいる」
 そうじゃなくて、とラリスは苦笑する。いつまでいるつもりなのか。
「あんたが寝て、起きるまで。ここにいる」
 ラリスの胸の内を読んだかのように、アウルはそう続けた。
「ありがとう、アウル」
 アウルは表情を緩めた。昔から、彼は人を警戒して対峙する。何か理由があるのかは、訊いたことが無いからわからない。けれど、ラリスと二人きりになった時、アウルは他より幾らか砕けた表情になる。  ひとつひとつ思い出しながら、ラリスもアウルへ微笑みを返した。
 その微笑に満足したように、アウルは一度目を閉じる。
 そして、言葉を口にした。
「お休み、セーラ姉さん」
 一瞬、部屋の時が止まる。
 呼ばれたラリスは、泣きそうに顔を歪めた。
「その名前で、呼ばないで」
「でも、逃れられない」
 わかってる、とラリスは呟いた。
 簡単なことだった。ラリス≠ヘ、ダリスの妹として、村に着いた時につけられた名前。セーラ≠ェ本当の、彼女の名前。
 ルースが眠っている時にふと口にした、神子の名前。
 宵闇の片割れ、世界に捧げられる少女、奇跡の姉弟の姉は、静かに、言葉をつむぐ。
「ティムは、まだ気づいて無いんだ」

 ラリス≠ェセーラ≠ナ、姉≠ナあるのだと、いうことを。


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