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■神様の歌■第四章■第1話■

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 ラリス≠ヘ静かに思い出す。村で、最初にティムを見た日のことを。
『誰か、村に来たの?』 『町の連中だ。ただ……』
 背後を気にしながらラリスを見つめて、村の男は口ごもる。何事かとその男の背後を覗き込むと、目を疑う光景が飛び込んできた。
 黒い髪の、少年。
『嘘……だ……』
 黒い髪は、世界に二人。紛れも無い、自分の弟。
『ティム?』
 声が、まる自分のものじゃないような気がした。
 頭が上手く回らない。どうして、なんで、こんなところにいるの。
 会いたくて会いたくて、それでも会えないって、諦めてたのに。
 気付けば走り出していた。
『兄さんッ! ―――ダリス!』
 家の前にいたソナタを無視して、ルースと話しているのも無視して、ダリスにしがみついた。
『ティムが……』
 最初の呟きは声にならなくて、体はカタカタと震え始める。あの黒い髪が、目を閉じたティムの姿が、頭から離れない。
 わからないと声をあげて泣きたかった。
『どうしたラリス、落ち着け。何があった?』
 落ち着いてなんかいられない。
『ティムが、いたんだ』
 ダリスでさえ、言葉を失った。
『ボク、こんなこと、そんなっ、何で今さら、どうして! なんで!? どうして今さらこんなことになるの!!』
 もう、二度と会えないと覚悟した。どこかの国で、平和に、神子の運命など忘れて生きていくのだと、思っていた。信じていた。
 なのに。
 だから、自分の見たものが信じられなかった。手の届くほど近くに、自分の弟がいることが。  ラリスを、覚えていないということが。
 でも、彼が何もかも忘れていると言うことにホッとしたのも事実だった。
 そうして、ラリスはティムを避けた。何かの拍子に思い出したりしないように。そのためだけに、必要以上の接触をなくした。それなのに。
「ドゥーノがさ、村に、きたんだ。ボクと、ティムの前に」
 アウルが、驚いたように顔を上げた。
「会った?」
「うん」
 思い出して、小さく微笑む。
「ボクとティム、二人一緒に抱きしめて。それなのに、ティムは思い出さなくて」
 歪みが割り込んだままの、さいごの、家族の時間だった。
『っ、ドゥーノッ! お願い、お願いだから本当のこと―――』
 あの言葉は、本当に不意をついて口から出た言葉だった。ラリスが何を言いたかったのか、自分でもわからない。
『ティムに本当のことを、言わないで』なのか、『ティムに本当のことを、伝えて』なのか。
 切り替えるように、ラリスは考えることをやめた。アウルに、無理矢理別の話を振る。
「アウル、君は今までどうしてたの? クロウと一緒で、悲しいことは無かった?」
 ラリスは知っている。自分が、自分とティムがここを離れた後、目の前の少年は、シエスタへと旅立ったことを。クロウと言う少年のために、生きるとさだめられたということを。
 アウルは黙って、首を振る。
「クロウは、嘆いてた」
 静かに、自分ではなく主の話を始める。
「セーラ姉さんがいなくて、嘆いてた」
 会ったことも無い少年から、求められることの奇妙さ。運命の絆。それが、クロウとセーラを繋ぐもの。
「ボク、どうしてもクロウには会いたくないんだ」
 怖くて仕方が無いから。
「それでも」
 それなのに。
 その続きを、ラリスは言えなかった。唇を噛み締める。察したように、アウルが続きを呟いた。
「一度、シエスタに行かないといけない。戻ってこれる保証も無いのに」
「うん」
「でも、姉さん、今は寝る。死にそうな顔をしてる」
 声をたてて、ラリスは笑った。
 皮肉を聞いたように笑った。
 当然だ。

 ラリスは今まで、殺されるために生かされていたのだから。


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