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■神様の歌■第四章■第4話■

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「いてっ」
 ゆれる船内で、ラリスは怒っていた。
「あのさ、どうして斬らないの。ティムの戦い方は、危なっかしいって言うか、無謀だよ」
「でも、勝ったでしょ?」
「それ、結果論」
 ラリスはティムの頭を盛大に叩き、ティムの傍をくっついて離れないアウルを見てため息をつく。船室の隅には赤い髪の少女がうずくまっていた。左右に編まれた髪は、座ると床に着くほど長い。
「ティムの手当ても終わったし、ええと、とりあえず、ティムとアウルは外に出て。こっちの子の傷も、見るから」
 わかった、とティムはうなずき、けれどアウルが動かない。ティムが促すが、アウルはじっと少女を見つめたままだ。
「アウル?」
 ラリスが問う。
「……」
 警戒しているのか。察して、ラリスは微笑んだ。
「アウル、平気。扉のすぐ傍で待ってて、何かあったら必ず呼ぶから」
 そう約束すると、アウルは小さくうなずいて立ち上がった。ラリスは思う、彼のような人が、本当に信頼できるのだと。
 二人が部屋から出て行き、ラリスは少女に向き直った。
「えっと、話聞きたいんだけど、いいかな? 傷の手当てしながらでいいから」
 おずおずと、少女は顔を上げた。その顔にかかっているものに、ラリスは目を丸くする。それは、きわめて珍しいものだった。
「それ、たしか、ええと。めがね?」
 少女はうなずく。へぇ、めずらしい。ラリスは口の中で呟いて、少女の手を取った。床の上に座り込んでいるのを、椅子へと導く。
「名前は?」
「ミレイア」
「ラリスだよ。よろしく」
 ラリスが微笑みかけると、ミレイアは曖昧に笑った。なぜ救われたのか、わかっていないようだった。
 ラリスは少女の体中に存在する小さな青アザを、失礼にならない程度に注意深く観察していく。なぜこんな怪我をしているのかは知らない。それを含めて、聞かなければいけない。
 年はラリスよりも上のように見える。着ている物はボロ布も同然で、まともな生活をしている者のものではなかった。
「さっきの」
 ポツリと、少女が口を開いた。ん? とラリスが答える。
「さっきの、剣持ってた子」
「ティムのこと?」
「フードから覗いた髪、黒かったわ」
「そういうあなたは綺麗な赤だね」
 ラリスはにっこりと微笑む。触れられたくないのだと通じただろうか。ミレイアは口を閉ざした。けれど、すぐに口を開く。
「あなたも、瞳が黒いのね」
 ラリスの表情が固まった。好機と見たのか、ミレイアが畳み掛ける。
「さる高貴なお方って、ラークワーナ貴族? だってこの船、聖王国ラデンの運営だけど、ラークワーナ発だものね。さっきあたしが乗ったのが南国マーリン。考えるまでも無いわ。貴方たち、西国ラークワーナから来たんでしょう」
 それなら、とミレイアは続けた。
「かの英雄を数多く輩出した、ウィッチ家の末裔かしら」
 実際に言いたかったのはこちらなのだろう。赤い髪の娘は目を細め、口を緩ませる。動物に例えるのならばまるでふくろうだ。何もかも見透かした目をしていて、ぞくりとする。ラリスはまじまじとミレイアを見つめ返す。しばらく見つめ、やがて表情を崩した。
「込み入った話は、怪我、手当てしてからね。とりあえず服脱いで」
 何ごともなかったかのように言われ、ミレイアは不服そうに肩をすくめた。乱暴な動作で服を床に落とした。
 あらわになった白い肌、下着一つつけていなかった彼女は、生まれたままの姿でラリスの前に立っていた。ラリスが静かに、口元を手で覆う。
「ひどい……」
 服の下に存在した予想以上の数多いアザに、ラリスは眉を寄せた。その反応に、対するミレイアは拍子抜けしたような顔をする。何? とラリスが首をかしげると、ミレイアは無造作にラリスの腕を掴んだ。
「う? わ!」
 ラリスの視界が反転した。見える天井、背中に感じる寝台の感触に、ラリスは慌てながら状況を理解する。そしてさらに、一糸纏わぬミレイアが、ラリスの上からのしかかった。え、え、と慌てるラリスの顎の線に、ミレイアは左手の指をなぞらせる。
「その反応はないんじゃない? おねーさんちょっとショックよ?」
「は、え? 何言ってるの?」
 ぎし、と粗末なつくりの寝台がきしんだ。何をされるのだろう。混乱する思考の中で、アウルの助けを呼ぶかどうするか考える。けれど、目の前のミレイアはこんな姿だ、アウルもティムも、呼ぶには差し支えある。ミレイアの左手が、顎から襟元に移った。ラリスがぎょっと小さな悲鳴を上げる。制止の声を上げる暇もなく、片手で器用に上から順に襟元を緩められる。
 その手が、ふと、止まった。
 真っ赤な顔でもがくラリスを右手で抑え、ミレイアは思案するように目を細める。左手がラリスの体から遠ざかり、ラリスが息をついた時だった。



 ティムとアウルは、船室の扉の傍に所在無さげに佇んでいた。壁に背中を預けて、ぽつりぽつりと他愛のない会話をしている。
 小さな物音に、まずアウルが居ずまいを正した。扉を凝視する。
「アウル?」
 不審に思い、ティムも扉を見つめた。
 直後、ラリスの悲鳴が響き、扉が内側から何かあてつけられたようにバンと震える。ティムは慌てて扉の取っ手に手を伸ばした。
「ラリス!」
「開けちゃダメだよ! 絶対ダメだから!」
 悲鳴交じりの言葉に、ティムは動きをとめる。黙って、アウルと顔を見合わせた。


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