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■神様の歌■第断章■第2話■

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 ただ、白い部屋を見回した。
 そんな俺を見ながら、白の当主は話し出す。
「君のお父上から、許可は下りてる」
 音も無くこちらに近寄り、俺の背中を押して、ソファに座らせた。
 そして、彼自身もその向かいに腰を下ろす。
「世界がどうやって永らえているか、知っているかい?」
 唐突に、白の当主はそう問いかけてきた。
 突然の、考えたところで仕方ないであろう問いかけに、俺は出遅れる。
「百年に一度、一人の男児の生涯と、一人の女児の命を引き換えにしていると知ったら、君はどうする?」
「……?」
 うまい返しのできない自分を、初めて情けなく思った。これほどわけのわからない問いをされたのは初めてだし、答えがあるのかもわからない問いも初めてだ。
 からかわれているのか、ふざけているのか、まさか本気なのか、それさえもわからない。
 困り果てた俺の顔を見て、白の当主は楽しそうに笑った。
 そしてやはり突然に、話を変える。
「ところで君は、奇跡の姉弟≠ニいう言葉を知っているかい?」
 その問いかけには、素直に首を振ることができた。知らない。きいたこともない、と。そうか、と白の当主はうなずいて、さらに問いを重ねてくる。
「それじゃぁ、黒髪が珍しいことに、気づいているかい?」
「あぁ、それには。両親とも茶ですし、自分と姉以外見たことが無いので、幼い頃から疑問に思ってました」
 何か理由でも? と、俺は訊く。ただ純粋に、幼い頃からの疑問に答えてくれるというのなら、それはそれで嬉しかった。
「君たちは、奇跡の姉弟≠ニ呼ばれる、二人なんだ」
「俺が?」
 まて、その前に。
「俺たち≠ェ?」
 複数形、と言うことは、やはり。
 俺の視線を受けて、白の当主はうなずく。
「かのドールと、ディルは、な」
 ドール、それは、現時点で姉しか持っていない称号。特に聞き返すことも無かった。
 ただ、
「なんで、奇跡なんて―――」
「奇跡なんだよ。特に、君はね」
 言葉を途中で遮られるが、特にそのことで怒ったりなどしない。この辺りは俺の感覚が少しおかしいのだと、よく言われた。本来、言葉を遮るなどいくら地位が上の者からであったとしても無作法なことなのだ。そう、ジーンが教えてくれた。
「百年に一度生まれる、黒髪の女児と男児。二人は必ず姉弟であり、莫大な魔力をその身に秘めて生れ落ちる。その魔力は、時には時空をも支配するほどだと」
 かつての『ドール』の称号を得た人々も、みな奇跡の姉弟だったと、彼は言う。
「その中でも、君は特殊だよ」
 意味ありげに笑う白の当主に、俺は苛立ちもせず、ただ首をかしげた。どういうことか、と、ただじっと、言葉の続きを待つ。
「君は、『ナイト』の称号を得るに申し分ないほどの、剣の才を持ち合わせている。この事実は本当にありえない、異例なことだ。君は『ドール』であり、『ナイト』でもある」
 本当にすごいことなのだと、念を押されるが、俺にはわからない。
 そんなものですか、と。それしか言えない。興味も無い。
 誰がなんと言おうと、どれだけ才があろうと、俺はもう『ナイト』になれないのだから。
 セイクリッドナイツには、聖騎士には、『ナイト』という称号は無いのだ。『ナイト』は、戦に赴く戦士のための称号。
 剣を志す誰もが憧れる、至高の存在、最強の剣。
 地位がこれほど離れた相手でなければ、目上だろうとも、それがどうしたと一笑に付していたところだった。
 奇跡の姉弟? それが何だというのか。莫大な魔力を持って生れ落ちる。それが、なんになるというのか。
 もう、俺は『ナイト』にはなれないのだ。姉の隣では、戦えない。
「でも、事実を私は告げなければならない」
 白に囲まれ、儚げに笑うその姿が、あまりにも絵になっていた。それゆえに俺は、次の一言を聞き漏らした。
「その奇跡の姉弟は、三十になる前にこの世を去って行く」
 聞き漏らした。
 あるいは、身体がその音を拾うことを拒否したのか。
「今、なんて……」
「二度も言わせるのか」
 『奇跡の姉弟は、三十になる前にこの世を去って行く』
 奇跡の姉弟は、
 つまり、
「俺―――?」
 驚愕に震えた。けれど、怒りより、嘆きより、何よりも先に自分の心を支配したのは。
「姉さんも―――?」
 何よりも憧れた、姉。
 魔道に優れた、気高い、あの、姉が―――。
「天寿を全うせず、落命する。と?」
 そうおっしゃるのですか? 俺は、ただそう問うた。
 かの人の首は、ゆっくりと振られる。否、と、そう。横に。
「それが、君たちの天寿なんだよ」
「馬鹿なことを言わないで下さい」
 白の当主の言葉に、俺は間髪いれずに言い返した。無礼だろうがなんだろうが、気にする暇はなかった。
 人の一生は六十年。その、半分しか生きられないというのか。
「ふざけたことを―――」
「強大な魔力を持ったがゆえの、代償」
 また、彼は俺の言葉を遮る。
「強大な力を持った者は、長く生きることはできない。強大な力を使うというのは、その身に飼うということは、それだけ命を削るのだということ。―――それが、世界の理という話だ」
 だからといって、納得できるわけが無い。
「このこと、そうだ、シバは? シバは知っているのですか?」
 姉の幼馴染である、あの男は、その事実を知っているのだろうか。鵜呑みにはできないけれど、この、白の当主が口にする話が事実なら、あいつは知っている必要がある。
「あぁ、リクセルの。数百年ぶりの、『ナイト』の称号を得たという―――」
「姉の、かけがえの無い人なんです」
「この事実を知らなかったのは、奇跡の姉弟だけだ」
 さらりと告げられた言葉に、聞き返すだけの力が生まれない。
「君は、王立学校で個別指導を受けていただろう。図書館で借りる本も、全て顧問に確認を受けただろう」
 うなずく。学ぶ速度が他と全く違うため、禁書を手にしてないか確認するために取られた処置だと、父から教えられた。
「時が来る前に、真実が君たちに知られるわけには行かなかった。全てはそのためだ」
 白の当主の言葉は、間違ったことを何一つ言わない。そう悟った俺は、相槌を打つことをやめた。
「幼いうちから世界の仕組みを学ばせ、成人する年に、全てを知る。それが、この国のシステム。百年に一度生まれる黒髪の女児は、世界を救うため、神から遣わされた神子だと」
 それでも納得できなかった。なぜ、早死にするというだけで、強大な魔力を持つというだけで、そこまで隠されなければならない。
 何かが、引っかかった。
 今まで白の当主と会話してきた中で、まだ、何かを重大なことを教えてもらってないと。
 俺は顔を上げた。
「まだ、何かあるんですね」
 白の当主は答えない。ただ、欠片を俺に与えた。
「あとは、君の姉に訊けばいい」
 これ以上、なんと言ったらいいのかわからず、俺は視線を彷徨わせた。それを見て、白の当主は目を細める。
「最後に一つだけ」
 そして、さらに俺を奈落の谷へと突き落とす言葉を、重ねた。
「かの魔術師、ドールは」
 姉の話に、俺は声も出さずに視線を向ける。
「―――もうすぐ死ぬよ」
 声が、うまく出せない。
「何故」
 やっとのことで出た問いには、首を横に振られた。白の当主は静かに立ち上がり、扉を開く。
「お帰りだ」
 外に立つ、名も無い青年に告げて、俺を部屋から追い出した。
 白の当主は俺に背を向けて、最後に言う。
「本当に、ごめんな」
 その口調、言葉に、たった一つの答えが振ってわいた。
 お前が。口が、一度だけからまわる。
「お前が殺すのか! 姉さんを!」
 激昂。白の当主は、振り返り、悲しみに歪めた表情を俺に見せた。そんなことで、心が動いたりはしない。表情を隠すこともできない愚かな男だと、俺はその灰褐色の目を睨んだ。
「こたえろ!」
 本心は、否定を願っていた。
 一目見たときから、姉と酷く似たような雰囲気を漂わせていた青年。
 彼が、誰よりも大切な姉の死を、告げるのは―――。
「あぁ、そうさ」
 現実は、誰に対しても優しくない。
「ドールは私のために死ぬんだ。満足だろう? 憎む相手がいて」
 返す言葉を失った。どうして、と自分の喉はかすれた息しか吐き出さない。
 名も無き青年によって、俺は白の屋敷郡から追い出された。


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