流河にとっての学校生活というのは習慣と惰性だ。行かなければいけないことに疑問を抱くことも無ければ、捕われても無い。流河が何を差し置いても行動したい時間帯というのは深夜であるため、成績不振で補習が組まれたとしても困ることなど一切無い。
それでも人並みにこなすのは、日々の勉強をやはり惰性で家でも行っているためだろう。人より勉強しているということは一切無いが、積み上げてきたものがあり、積み上げているものがある。
流河自身はそんなつもりは無いのだが、彼は長身で寡黙な性格である。そのためか、人から誤解を多々受ける。更に加えれば、授業中に眠ることへの抵抗が無い彼は、それだけで不真面目のレッテルを貼られる。特に真面目ということもないのだが。
遠巻きに見られることに特に頓着せず、自ら近づこうともしない彼は、日中、ただひたすら夜が来るのを待っている。
今も。
数学の問題集を片手に数式を解きながら、流河の思考は星空へと飛ぶ。
今日の午前二時、流河は星を見始めたあたりからぼんやりと記憶を思い起こし、最後に分かれたあまなまで行き着く。
(もしかして、また河原にくるのか)
ふと、手が止まった。
今度は別の場所で見ようと思っていた。けれど、寒さに震えていたあまなを思い出すと、河原にいない流河を見て、震えながら立ち尽くすのかと思うと。
勝手に期待されて、それを裏切る踏ん切りがつかなかった。
小さくため息をついて、時計を見る。四限目の授業が終わる時間だった。土曜日であるため、今日は半日授業。
あとはもう、帰るだけだ。
流河の掃除当番は来月で、それさえも忘れることがままあるのだから。
授業終了のチャイムが鳴る。教師が何ごとか話し、退室する。それを見ることも無く、流河は勉強道具を鞄にしまっていった。
ふと、自分の動作であがった音ではない音が、すぐ間近から響いた。
机の中からノートを出すため、手元に落としていた視線を机上へと向ける。見慣れないスクールバッグに、瞬いた。
「や」
軽く手を挙げた女子生徒に、流河は瞬き意外の反応を返さなかった。なんの用だ、と視線で告げる。クラスメイトであることはわかるけれど、この馴れ馴れしい態度は何だろう、と。
「さすがだよね。わすれんぼ大魔神?」
にっこりとして、女子生徒は机を挟んで流河の方へと身を乗り出す。ね? とだめ押ししながら首を傾げると、サイドだけ拾ってくくっている髪が、ぴょんと揺れた。
その跳ね方に、既視感を覚え、視線を髪へと向ける。流河のそんな様子に構わず、女子生徒はため息をついて愚痴愚痴と言い始めた。
「知ってたよ? 知ってた。君がわすれんぼ大魔神ってことはよーっく知ってた。でも、だからってこれはひどいよね?」
だってまだ、十二時間も経ってないんだよ? と、締めくくったところで、ようやく流河が反応らしい反応を示した。「は?」と、小さく。
「せっかく自分の廊下側の席からわざわざ窓際の君の席まで会いにきたって言うのにね」
はぁ、と肩をすくめて、まっすぐ立った。手を後ろで組んで、「ねえ」と楽しそうに流河へ話しかけてくる。
「上着、いつ返すのが都合いい?」
そこまで言って、ようやく流河は「ああ」と言った。「あまな」と。
楽しそうに、彼女が笑う。
「覚えてるんじゃん」
だからと言って、これは馴れ馴れしすぎやしないだろうか。流河がそう思っていると、あまなは再度自己紹介をした。
「天明寺天南。これでも君の、幼なじみですよ?」
付け加えられた一言に、流河は眉をひそめることしかしない。やれやれと天南は微笑み、しゃがんで流河と視線を合わせた。
「幼稚園から高校まで、ずーっと同じ学校なんだよ。私たち」
知らなかった。
ただ、知らなかった。それだけだった。
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