「しかも、ほとんど同じクラス。すごいでしょ」
中学、二年生の時だけなんだよ、別のクラスだったの。
その事実には、驚くしかなかった。
「まじか」
「まじまじ」
流河の言葉に、天南がうなずく。両手を合わせて、「だからさ」と続けた。
「上着、いつ返すのが良い?」
そう問いかけてくる天南は、今日も制服の上に何も着ていないようだった。セーラー服姿で、手袋もマフラーも持たず、あとは帰るだけといった佇まいを見せている。
(男女兼用だったはず)
天南にかぶせた上着、紺のダッフルコートを思い出し、頼りない記憶を掘り起こす。母に買い与えられたもので、流河が使わない日は自分も使うから、と言っていた。
「やる」
そう言いかけたところで、「あまなー。帰るよー」と教室の入り口から女子生徒の声が響いた。
「あっリンちゃんだ。じゃあ、考えといてね!」
流河の言葉を聞くこと無く、天南は鞄を引っ掴んで身を翻した。手を振り上げ、教室をあとにする。すれ違う人すれ違う人に慌ただしく、けれど楽しそうに手を振りながら。
呼び止める間もなく、というのはこのことか。呼び止めようとはしなかったけれど、なんとなく流河はため息をついた。
上着のことが解決するまで、あんな風にくるのだろうか。
(少しめんどくさい。な)
「珍しい」
降ってわいてきたような聞き慣れた声に、顔を上げる。しかし視界には映らず、振り返った。
「しょーこ」
「あんたがクラスメイトと喋ってるとこ、初めて見たわ」
短めの、けれども女子らしい長さである黒髪に、前髪をとめるピン、少しキツメの目元。それ以外には特にこれと言って特徴のない、このクラスの学級委員。ちなみに相方は流河である。気がつけば押し付けられていた。怒ったのは委員長だ。自分の仕事が増えるじゃないか、と休憩時間になってから怒鳴り込んできた。
なら、決まる前に講義しとけばよかったじゃないかと流河は思ったが、言わなかった。ノリの良すぎるこのクラスに、そんな言い分は通じない。
「俺も初めて」
こっくりとうなずく。急な授業変更などは、周りの雑談を耳に入れるだけで何とかなったし、ならなかったときは馬鹿正直に向かい、間違えたと教室に戻るだけである。けれど、そういったことは滅多に無い。大体が、このおせっかいな委員長が声をかけてくる。
「友達?」
「さあ」
「さあってあんた」
「今日、初めてまともに会話したくらいだ」
ふうん、と委員長はじっと流河を見つめ、小さく笑った。
「物好きね、あの子」
「知り合い?」
流河の問いに、委員長は瞬き、呆れた、とため息をついた。人差し指を流河の眉間に突き立てる。
「馬鹿ね、あんた。ほんっと変なとこで馬鹿。クラスメイトよ?」
全くもうと背を向ける委員長を眺めながら、流河は額をなでる。荷物をいれ終わった鞄を斜めがけして、マフラーを巻いた。
「それで、本題は」
「月曜日、来月の生徒総会の準備だからね」
「なんでこんな時期に」
「議案が持ち上がったんでしょ」
それじゃ、と委員長は身を翻した。そのまま自分の席に戻り、鞄を掴んで教室を出て行った。知り合いにだけ手を振り、それでも誰もが親しげに「また月曜日ね委員長」と声をかけている。
それをぼんやりと見ていた流河は、ようやく教室を出て、家路についた。
「ねえ、天南?」
友人からの問いかけに、ん? と天南は笑顔を浮かべて振り返る。「その……」言いにくそうな友人を見て、彼女が何を言いたいか分かっていながら、天南は「どうしたの?」と微笑む。
「あいつ、ヤバいって噂だよ?」
「そんなことないよ。話してみると、無愛想なだけだよ」
「何考えてるか分かんなくない? あたし、やだよ。天南がなんか変なことに巻き込まれるの」
巻き込まれないよ、と天南は笑った。気楽に構える天南に対し、友人は不安そうな顔を隠さない。
「夜な夜な、喧嘩してるって噂だし」
「噂でしょ? 見た目で判断、よくないよ」
天南が何を言っても聞き入れてくれないため、友人は「うー」とうなって恨めしげに睨んだ。
「私は知ってるから、大丈夫だよ」
言い聞かせるように繰り返す天南を見て、友人は諦めたようにため息をついた。
「急に、どうしちゃったの。天南が男子に話しかけてるところ、初めて見たよ」
「どうもしないよ」
間髪入れず、返ってくる天南の声。
「どうもしない」
一歩か二歩、先を歩く天南が前を向いたため、友人からはその後ろ姿しか見えなかった。
だから、天南の表情を伺うことは、できなかった。
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