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■神様の歌■第四章■第4話■

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 赤い髪が、揺れる。
 他の人が持たない色。
 おばあさまと、かあさまと、私だけが持つ色。

 夢を見た。見知らぬ男の肌を傍に感じているときに。

 同族がいる、夢を見た。


* * *


 大して気温の上がらないラークワーナの夏が過ぎ、冬になる前に、とティムはラデンに行く準備を始めた。その横から、ラリスが名乗り出る。
「一緒に行っちゃ、だめかな?」
「どうして?」
 きょとんとティムが言い返した。
「いけないことなんて、何もないよ。でも、シエスタに行くって言って村を出てきたんだよね? 少し、気まずくないかな?」
「あぁ、いいんだ」
 ラリスは笑って手を振る。村に行くつもりはないから、と。その言葉に、なら、何しに? とティムは問いかけた。
「森の魔女に会いに」
「ふうん」
 ティムはそれだけ言って追究せずに、荷造りを再開する。ふと扉の方を見やると、アウルが手荷物をもってやってきているのが目に入り、手を止めた。え? とティムは呟き、アウルに視線を投げかける。
「行くから」
 ティムの荷物の傍らに、持ってきた手荷物を置くとそれだけ言い、彼は身を翻した。ええと、とティムがこめかみに手をやると、ラリスが楽しそうな声音で、
「三人旅だね。楽しくなりそう」
 と暢気に言う。ティムとしてはそれで全くかまわないのだけれど、せめて前もって言っておいて欲しいというか、なんというか――。
「足りないもの、買う」
 再び顔を出したアウルに、ティムは苦笑を返した。
 その申し出は大変助かる。ティムの黒髪はラークワーナでは注目の的だった。屋敷郡から一歩出れば、奇跡の姉弟だのなんだのと取り囲まれ、唯でさえ人通りの多い市場では身動きもできなくなる。これでは、なぜラデンでは平和に暮らせていたのかと逆に気になるが、それはウィッチ家の有無が大きく関係しているみたいだろうとラリスは言った。ラデンでは、奇跡の姉弟はお伽噺以下の知る人ぞ知る物語であり、寝物語として伝えられているラークワーナ国民の前に出れば、騒ぎにならない方がおかしい、とのことだった。
 二つ三つ言付けると、アウルは早速街に行った。まるで、ティムに何か言付けてもらうことが嬉しいとでもいうように。
 見てわかるとおり、懐かれている。
「そういえば」
 鞄の口を閉めながら、ティムは言った。
「ラリスは、どうしてシエスタに行こうとしてたんだっけ?」
 ダリスの命を受けていたはずだけれど、結局なんだったのか。そう思い問いかけると、ラリスは困った顔をした。
「うーんと、秘密。でも、いつかは行かないと」
 はぐらかすラリスに、ティムは眉を寄せる。ラークワーナ城でのシエスタ王女とのやり取りを、思い出す。冷え切った声で、あの、碧い瞳の王女は言った。『代わりに、あの子がどうなっても――』という、脅しの言葉を。
「あの王女様、なんだったのさ」
「しょうがないんだ。仲、悪いから」
 一介の村の民が王女と知り合いなわけは無いから、仲が悪いというのはラリスと王女のことではないだろう。シエスタと村が、だろうか。
 いまいち関係性がつかめず、ティムは首をかしげる。まぁまぁ、とラリスははぐらかすように笑った。その笑顔を不審そうに見ながら、ティムはぽつりと言う。
「ラリスが傷つくのは、いやだな」
「ありがとう」
 そつなく微笑むその表情を、やはり不審そうに眺めてから、ティムは視線を逸らした。


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